「悪いけどわたし低体温で」
「お前がいい」
「湯たんぽにするならチョッパーの方が」
「お前がいい」
二度と離してもらえないのではないかと思うくらい強く引き寄せられる。何か良い逃げの口実はないかと探りながら口を開く、がしかし。
「…でも、」
「お前がいい、船長命令」
卑怯な。心の中で呟いたそれが、この我が儘船長に届いたはずもない。しばし視線が絡まったが、どんな拒絶も突っぱねてやるという意志がぴりぴりと彼から伝わってきて、私は何も言えないままに瞼を伏せる他なかった。
さて、状況説明が遅れたけれど。
夕飯を終えて、体を清めて、いよいよ日付も変わろうかというそんな時に、私は女部屋へ向かう途中の廊下で、長い腕に拉致された。ぐるり、と腰に絡まった肌色に度肝を抜かれる隙もなく、いつの間にか私はルフィに抱き抱えられていて、いつの間にか彼と一緒に布団の中である。訳を聞けば、「今夜は冷えるから」だそうだ。さっぱり理解出来ない。
「…ヒロイン、すっげー、いい匂い…」
「…そりゃあ、お風呂あがり、ですもん」
すんすん、と肌に顔を埋めて子供みたいに匂いを嗅いでくるルフィがくすぐったくて、恥ずかしくて、苦しいくらいにどきどき、する。ああどうしよう、「好き」が暴走する前に、はやく離れなきゃ。
「ヒロイン、心臓バクバクだぞ? 緊張してんのか?」
「! そ、そんなわけっ」
「へー」
私を抱きしめる船長は、私の様子を眺めてニヤニヤとやたら楽しそうである。
「なァヒロイン、目…閉じて」
「……っ、やだ」
いよいよ焦って体を起こしたところでルフィの腕から逃れられる訳でもなかったけれど。拗ねたように唇を尖らせ、ルフィは私をムッと見上げてきた。
「…、何でだよ」
「だって、だっ…キスする気でしょ!」
「いやなのか?」
「い、いやっていうか…っ、ダメなの! やっぱり私部屋に戻っ」
「おい」
じたばたと足掻く私を力付くで押さえ付けるルフィに、もう少し女を労る気はないのかと無駄な文句を言いたくなった。組み伏せてくる男はいつもと違った真面目な眼をしていて、たまに見せるその顔を、何故今するんだと非難がましく思ったりする。私を束縛する強い力、逞しい腕。ああ、くらくらする。
「お前がいやでも、おれがしたい」
「……! あ、ま、待っ」
「待たねぇよ、」
「ぅ…んんんーっ」
左手を右手でつなぎ止められて、左手で右手首を掴まれて、柔らかくて私より冷たい唇が私の唇に合わさった。触れたところからざわざわとおかしな刺激が体中に広がってきて、皮膚はぞくぞくと粟立ち、心が震えて脈が上がる。融ける、と思った。この恋しさに勢い余って、どうにでもしてくれと叫びたくなるのを必死に押し込める。
「〜〜〜っ、ぷは!」
「…顔赤ぇ、ヒロイン」
「だっ…だからだめって言ったじゃない…〜〜!」
顔を背けて、なるだけルフィの目に触れないようにしたかったのに、ルフィはまた私にキスをしてからかうように笑うのだ。
「ししっ! ヒロインかわいー!」
「ばか、もう離してよ!」
「いやだ。お前は朝までここに居ろ」
ぎゅ、と体を抱かれる、その腕に欲はない。擦り寄る自分より一回り大きな体にすっぽりと包まれる。抗えないままただ赤面しているうちに、静かに聞こえてきた寝息に顔を上げる。彼の寝姿はえらく穏やかで、けれど私に絡まる腕は解ける気配がない。戸惑いながらもルフィの背に手を回してみると、彼の腕にも力が篭ったように思えた。
つい数日前、友達から恋人に代わった彼におずおずと寄り添いながら、怖いくらいのルフィへの恋心を自覚した夜だった。
我が儘王子の抱き枕/20100312