―――だめ、ったら、ダメ!
ヒロインの背中に伸ばしかけた手を、突如脳裏を過った言葉に思わずピタリと止めた。しばらく焦れた手を堪えるようにびりびりと震わせていたが、結局我慢出来ずにルフィは彼女の肩を後ろからぎゅっと抱きしめた。甲板のブランコに腰かけて読書をしていたヒロインは、主人公の少女が仲間を庇ったがために息絶えようとしているクライマックスの場面に涙ぐんでいたところ、突然頭を抱え込まれて一瞬声も出ない。
「ッ…!?」
「ヒロイン!今日もいい天気だなー!」
ぎゅう、と首に回った腕にこもった力と、ルフィの声に何が起きたかを理解し、その瞬間に心臓が活発にどきどきと動き出した。手に持った本がぼろりと零れ落ち、しかしそれを気にする余裕もないほど動揺する。
「ルっ…フィ?」
「あれ? お前本読んでたのか?」
ヒロインの言葉をすり抜けて、ルフィはヒロインの足もとに落ちた小さな本を拾い上げ、しおりの挟まったページを開いた。一秒もすればルフィはみるみる眉根を寄せて、しぱしぱと瞬きすると目を擦る。
「こんなちっせえ文字よく読めるなー」
「よ、よめるよ、こっ…、これくらい」
ルフィから顔を逸らして、ぐす、と鼻を啜る。それにルフィが気付かない訳がなく、ヒロイン? と少し真剣みを増した声で問いかけた。
「泣いてるのか?」
「………」
「ウソつけ、泣いてる」
ふるふると頭を振るヒロインの頭を背後から優しく抱え込む。左の頬に右手を触れたら、自分の指先よりもいくらか熱かった。するとヒロインはキッと潤んだ瞳でこちらを睨みつけ、「いいとこだったの!邪魔しないでルフィ!」と声を大きくした。自分の肩を抱くルフィの腕を抓るけれど、ルフィからすればさっぱり痛くない。なんだか負けた気がしたヒロインは、それに、と荒げた声のまま続ける。
「抱きつくのだめって、この間も言ったでしょう!」
「なんでだ?」
「なんでって、な、…なんでって…」
「抱きつきたいから抱きつくのはいけないことか?」
「!!!」
みるみる赤くなるヒロインのことを可愛いと思うから「可愛い」と言うのに、そうするとヒロインは怒るんだ。それを「照れ隠し」っていうんだって、ルフィが知るのはまだ少し先だけれど。言葉を必死で探すヒロインのつむじをじっと見つめてみる。そこに口づける直前に。
「恋人同士がすることだもん」
意味がわからなくてルフィは動きを止める。コイビトドウシってなんだ? うまいのか? おれとヒロインはコイビトドウシではないのか? コイビトドウシになれば、こうやって抱きしめてもヒロインは怒らないのか?
「どうすればコイビトドウシになれるんだ?」
「へっ?」
予想外の質問だったようで、むくれたような顔だったヒロインの目がぱっちりと見開かれる。すぐに目に見えて動揺する彼女。さっきよりも頬が赤らんでいる。
「あの…それ、は ええと」
「ヒロインもわからないのか? だったらおれ、ウソップに聞いてくる!」
「え!? ル! ルフィ待って、待っ…!」
ルフィはヒロインからぱっと体を離すと、一目散に甲板を後にした。慌ててブランコから立ち上がったヒロインになす術もない。さて次に彼が戻ってきたとき、どんな言葉を持ってくるのだろう?―――ルフィ、そんなモン簡単だ。
「ヒロインが好きだ、付き合ってくれ」
そう言ってやればいい。
彼女の答えなんて
決まっているんだから。
ハロー、恋する私たち/20100103