―――じりっ、じり、
「ああああの、しっ、師匠…! な、何を、何をなさる気ですかっ」
「『何をする気か』だと? 随分な愚問だな」
ゆっくりとしかし確実に、オレはヒロインを追い詰めていく。その手に金槌があるわけでも借金の請求書があるわけでもないのに、ヒロインは心底怯えたような顔をしてオレから後退る。
「あっ…アレン君が、帰ってきちゃいますよっ…」
「馬鹿弟子は今頃どっかのカジノに箱だ、そう帰っては来ない。安心していいぜ」
「この状況が既に安心出来ません!」
哀れにもオレから逃げられると思っているらしいヒロインは、諦めてオレの腕の中に収まる気はないらしい。後退を続ける彼女の背後にベッドが近付いたのを確認し、仕方無くオレはヒロインの足を払った。短い悲鳴を上げて後ろに倒れ込むヒロインは、しかしぽすんと柔らかいシーツに迎え入れられ、予想外の衝撃に目を丸くしていた。
「覚悟は出来たか?」
「…え? あ? ちょっ、わああ待って待って!」
ぎし、とベッドに乗り上げて、自分より一回りも二回りも小さな体に覆い被さる。白く滑らかな頬に淡い朱を敷き、それを隠すようにヒロインは慌てて自分の顔を両腕で庇った。その可愛らしさに内心ほくそ笑みながら強引に細い手首を掴みシーツに縫い付け、潤んだ瞳を一秒ほど眺めた後、きつく引き結ばれた唇に噛み付くように口付けた。
「う…っん、んんんンっ」
震えていることには気付かないフリをして、下唇をやんわりと食む。グロスに飾られていないそれは何故だかほんのりと甘く、舐め上げる舌に心地好く馴染んだ。
「ひっ…や、ぁ、ししょっ…やだ…っ!」
折角これから口内へ侵入して、気が済むまで翻弄し腰砕けにしてやろうと思っていたのに、彼女の抵抗がいつになく強かった。さすがに不審に感じて一度顔を離すと、ぽろぽろ、きつく閉じられた瞼の隙間からいくつもの涙の粒が溢れだしていた。これにはオレも面喰らう。そんなにも嫌だったのか、そこまで拒絶されているのかオレは?
しかし次に出てきた言葉は、オレの意には全く反するもので、
「…師匠には、きれいな愛人さんが、いっぱいいる…でしょうっ…?」
必死に涙を拭いながら、ヒロインは顔をシーツに埋めた。必然的にくぐもる声も、はっきりと意味を成す言葉で俺の耳まで届いて。
「わ、私はまだ、子供だから…かっ、身体だけなん、て、嫌…っ」
「…身体だけ…?」
「っく…、私のこと、すきでもないのに、キ、スなんて…しないで…」
小刻みに肩を跳ねさせながら、ヒロインはただただ掴んだシーツを涙に濡らしていく。無言で彼女の片頬に手のひらを添わすと、大袈裟なほどヒロインの体が強張った。ここまで彼女を追い詰めた自分に溜め息を溢しつつも、自分のためにここまで健気に泣くこの存在を、堪らなく愛おしく想ったりもする。
そのままそっと優しく撫でてやると、ヒロインはそれが意外だったらしく、恐る恐るではあるが顔をこちらに向けた。ふわりと微笑んで見せた後、慰める為に当てた手で、愛しい弟子の頬をぎゅうっとつねった。
「ったたたたた!」
「誰が身体だけだ、誰が好きじゃないだ、この阿呆。オレの弟子は馬鹿ばっかだな」
「い、にゃにがですかっ、ぁ痛ッ」
「ほら泣き止め。お前の誤解を解いてやる」
手を離し残った涙の跡を拭ってやると、ヒロインは些か混乱した顔で俺を見上げた。驚きに涙は止まっていたらしいが、訳が解らないという顔でオレを見詰める辺り、先程の怯えも一緒にどこかへ消し飛んでくれたようだ。
「…し、しょう?」
「今までお前は、オレが気紛れでお前に触れていたと思っていたのか?」
「だ、だって、師匠一度も好きなんて言ってくれなかった…」
「オレが軽々しくそんなことを口にする奴だとでも? 仮にも神父だぞ」
「でも、師匠、私に意地悪ばっかりするから…!」
「いいかヒロイン、よく覚えておけ」
赤く染まった耳朶に緩く歯を立てて、びくっとヒロインの体が震えたのに喉の奥で低く笑いながら、
「『好きな奴ほど苛めたい』ってのが、永遠の男心ってやつなんだよ」
「な、何ですかそれ…」
「解らせてやろうか?」
「ッ!?」
//20080731
企画「交錯マリア」様へ愛を込めて