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ふにゃらとうっかり瞼を閉じてしまいそうになって、僕はなんとかそれを耐えつつうつらと頭を俯けた。少し強めに目を擦りながら、噛み殺すことなく大きな欠伸をひとつ。既に時刻は午前八時。普通はそこまで眠くはない時間だが、昨日教団に帰ってから腹ごなしやらシャワーやら済ませて、僕がベッドに倒れ込んだのは草木も眠る丑三つ時。疲労困憊な上睡眠不足なのだが、そうもいっていられないのだ。
僕の次の任務は三日後。詳しい説明をコムイさんから受けなければならないのだけれど、彼は今日の正午からアジア支部へと出向いて数日間教団を留守にするらしい。ならば時間は今しかないと先程ティムをコールされ、20分の猶予付きで指令室へ呼び出された。
―――とりあえず顔、洗おう。コムイさんの前でまで眠いですオーラ全開ではまずい。

そうしてまた欠伸をふぁあ、と洩らしながら洗面所のドアを開けると。そこには同じく眠たそうに目を閉じかけ、しゃこしゃこと歯を磨くヒロインの姿があった。

「…おはようございます」
「…んん…おはよー」

僕が現れたのに驚いたのか一瞬瞼を上げたが、すぐにまたとろんと朦朧とした表情に戻るヒロイン。鏡がずらりと並ぶ前を進み、彼女の隣に立って蛇口を捻る。

「ヒロインも任務帰りですか?…髪、ぼさぼさですよ」
「うん、でもまたすぐ出なきゃ。…そういうアレン君も、寝癖」

えっ嘘、と慌てて顔を上げて正面の鏡を覗き込めば、後ろ髪がどこぞの師よろしく酷く跳ね上がっていて、寝起きだということをまざまざと物語っていた。昨日髪ちゃんと乾かしもせず寝ちゃったからだ。これは簡単に直りそうにないな…フードが付いた服でも着てこようか。でも室内でフードはおかしいかな…?

「ふあ、眠」

寝癖のついた髪を弄りながらそんなことを真剣に考えていたら、隣でヒロインが歯ブラシをくわえたまま小さく欠伸をした。それにつられて再び酸素を求め開きかけた口を、僕はなんとか引き結ぶ。

「…大変ですね、連続で任務なんて」
「んーまあ仕方ないよ。それに、次行くところは初めての国だからちょっとは楽しみだし」
「そうですか…」

蛇口を改めて捻り、手のひらに汲んだ水で顔を洗う。冷たい水が肌を打ち一瞬鳥肌が立つものの、多少の眠気覚ましにはなったようで。ほんの少しだけはっきりしてきた頭で、少し遅いが朝食はさて何を頼もうと全く関係ないことをちらりと考えれば、たちまち身体が空腹を思い出してお腹が唸り声を上げた。

「…ふふっ、若いねえー」
「…ヒロインだって同い年じゃないですか…」

赤くなりながらもむっとして、不貞腐れたようにぼやく。それを聞くなり口をゆすいで、自分の口元をタオルで拭きながらヒロインは愉快そうにくすくす笑う。

「そうだ、食べ盛りのアレン君に」

ヒロインは言うなりポケットをまさぐったかと思えば、握り締めたままの手を僕に差し出してきた。何だろうと首を傾げながら手を差し出すと、ころんと落とされたのは小さな丸い包み紙。

「これ…?」
「任務先の女の子がくれたの。ふたつもらったから、一個あげる」

手のひらに簡単に収まるそれ。ヒロインは同じものをポケットから取り出して、包み紙を剥がすと中身を自分の口の中に放った。

「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」

じゃあ、そろそろ行くね。ヒロインは軽く上げた手をひらりと振ると、もう片方の手を口元にやって大きく欠伸を洩らしながら、洗面所を出ていった。
手のひらの上に転がったままのそれを暫し見詰めて、紙から取り出し、舌の上に乗せる。すう、と走った爽快な味に、僕は一度きつく目を閉じ、ぱち、と開く。

「…目、覚めちゃったな」

今になって漸く冴えた頭で考えるのは、笑えるくらいに君の事ばかり。


薄荷キャンディーの思惑


20080603
エクソシスト朝の風景