それから姫といろいろなことを話して、気がついたらあんなに高かった日が傾きはじめていた。



「俺、帰らなきゃ」

「……そうだね、さようならだね」



そんな哀しそうに笑わないで。また会えるから。



「ねぇ、梵、」

「なに?」

「大きくなってまた会えたら、姫と結婚して?」



きゅう、と俺の右手を握る姫の左手を俺は姫と同じように握った。
どうやら姫は手を握られるのが好きらしい。それをするととても可愛らしく笑うから。



「やくそくだ。」

「うん、約束!」



最後に指切りをして二人で笑いあった。
早く行かないと、遠くで小十郎が俺の名を呼んでいるのが聞こえる。



「ばいばい、梵!」

「ばいばい、姫!」



お互いに手を振り合って小十郎のもとへと急ぐ。
もう頭には姫と過ごした時間を小十郎に話すことしかなくって、花なんて気にせず俺は走り出した。

また少し走ったところで俺は姫をふりかえった。


「姫ー!明日もここにいるー!?」



そう俺が大きな声で問うと、姫は紫色の着物の袖を揺らし、大きく手を降ってくれた。
そして俺もまた走り出す。



「お帰りなさいませ、梵天丸様」

「こじゅっ!小十郎!」

「落ち着いてくださいませ」



別れた場所と同じところで待ってくれていた小十郎に飛び付くと、笑いながら抱き上げてくれた。
宿までの帰路、俺は姫と話したことを余すことなく小十郎に話し続けた。




次の日。
また小十郎に待っててもらって姫が座っていた場所へと走る。
そこにまだ姫はいなくて、俺は座って昨日教えてもらった花の名前を思い出しながら小十郎にあげようと花をつみ、姫を待った。

俺は待ち続けた。
花の名前を全て思い出すまで。
小十郎への土産で両手がいっぱいになるまで。
俺の周りから花がなくなるまで。
日が傾くまで。
空が紅に染まるまで。
星が出るまで。
小十郎が急いで俺を迎えに来るまで。
ずぅーっと、待っていた。
その次の日は小十郎も一緒に待ってくれていた。
小十郎は顔が怖いから、姫は恐がらないだろうかと心配したが、その日も姫は来なかった。


とうとう姫は、俺が奥州に帰らなくちゃいけない日まで、そこには現れなかった。