それはもう昔話ともなる記憶だ。俺がまだ梵天丸だったときの話。
病で床に伏せるのもいい加減飽き飽きで、身体にも精神にも響くんじゃねぇかってとき、小十郎がそろりと襖を開けて、
「外へ出ましょう。梵天丸様」
その言葉は毎日毎日暇をしていた俺を案じてではなく、少しでも俺を母親から離そうとした結果だということは小さい俺はまだ分からなかったけど。
「お寒くはありませぬか?梵天丸様」
「うん…大丈夫、あったかい」
奥州からだいぶ放れた、安芸の地。
寒い奥羽とは比べ物にならないほどのあたたかい風がそこには吹いていて。
奥州では見たことない花が咲いていた。
「こじゅ、ここで待っててくれる?」
「勿論にございます。」
綺麗な花を踏まないように奥へ奥へと歩いていって、しばらくしたら後ろを振り返る。そうすると小十郎が優しく俺に笑いかけてくれていた。
そんなことをしているうちに気遣っていたら歩けないほど花が咲き乱れるにところまで来ていた。
そんな花畑に、一人の女の子。
「こんにちは。」
両手に抱えきれないほど花を持った女の子は、優しく俺に笑いかけてくれた。
「………こんにちは」
「見ない顔だね、どこから来たの?」
「…奥州って、ところから」
「ふぅん……知らないや」
ほわほわというかふわふわというか、とにかくそういう擬音が似合う子だった。
「名前は?」
「…梵天丸」
「かっこいいね。」
柔らかそうな銀髪に、雪のように白い肌。くりくりとした瞳に美しい声を紡ぐ可愛らしい唇。
俺はもう動悸が止まらなくって、たぶんこれを一目惚れっていうんだろうな、とどこか冷静に思った。
「……名前…」
「え?姫は姫だよ」
自分のことを姫と呼ぶ`姫'。その発音が似合いすぎていて困るほどだ。
「…その眼……」
「っ、」
「姫とおそろいだ」
スっ…、と眼球の入っていない瞼を覆った包帯を撫でられる。
その美しさで気にもしなかったが、姫の左目は鮮やかな色の造花で覆われていた。(いや、あまりにも目立ちすぎてて逆に分からなかったのかもしれないな。)
「梵天丸もないの?」
「…あぁ」
「姫もね、ないの。」
そっと造花に手を添えて哀しそうに呟く姫に、思わず見とれる。
「…醜い?」
今にも泣き出しそうな姫の言葉に、自分の母の顔が脳裏に浮かぶ。
嗚呼、そうか、姫も…、一緒なのか。
「きれいだよ」
「え?」
「姫はきれいだ。」
姫の白くて細い腕を握り、手のひらを俺の手で包み込む。
そしたら、姫の頬に笑顔が戻って、
「梵天丸もとてもきれいだよ。」
なんて言いながら俺の手を引いたから、俺は誘われるままに姫の隣りに腰を降ろした。