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「大丈夫だよ」「あなたならきっと頑張れる」とか。そんな些細な言葉でだってよかったと思っていたのだけど。







「修兵、あんた大丈夫なの?」


「乱菊さんこそ」


「私は別に大丈夫よ」


「俺も仕事貯まってるんで…」




お互いにぎこちない笑みを浮かべながら、すれ違う。



藍染隊長、市丸隊長、そして東仙隊長が消えてからもうどのくらい経ったのだろうか。

ぼんやりしていた、随分と。

気づいた時にはやらなければならない仕事が貯まりに貯まっていた。その仕事にも隊長の影を見たりしてしまうのだが、そんなことに一喜一憂している暇なんてない。

俺は副隊長だ。

俺には責任と義務がある。

いつまでも引きずってはいられない。













それでも、俺に東仙隊長の代わりは荷が重すぎた。


















「42度か…」

「あんた、本当に極端ね」

「しばらく安静ですよ、檜佐木さん」




上から順に、一角さん、乱菊さん、吉良。上から覗き込まれ、見下ろされている。俺は自らの額に手を当てたが、別段熱いとは思わない。だが、身体はだるく、頭はくらくらしていた。額に置いていた手を吉良に払われて、代わりに冷たいタオルを乗せられた。



「馬鹿が馬鹿みたいに仕事してるからよ」


「ひどいっすよ、乱菊さん…」


「本当のことでしょ!私たちをもっと頼りなさい」



そう言って笑う三人はなんて心強い仲間なんだろうか。


俺は「すんません」と小さく呟いてから三人を見上げた。




「じゃぁ、仕事頼んでもいいっすか?」


「吉良!」


「ちょ、乱菊さん!僕だって隊長がいなくなって大変なんですからね!」


「じゃ、一角!」


「俺は午後から現世出張なんで」


「……ごめん、修兵!無理そう!」


「…………。」






前言撤回。気持ちだけ素直に受け取ることにしておこう。



苦笑いで「大丈夫です」と呟き、ゆっくりと瞼を閉じた。やばい喋り過ぎた。頭がくらくらする。


三人は察してくれたのか、また来ると言って立ち上がった。






「あっ…」


「ん、どうかした?」


「あ、いや、あの……」





思わず口ごもり、視線を泳がせる。





「あの、あいつは……?」







喉から出た言葉は、情けないくらいに掠れていた。



俺が再び三人を見上げると、三人は互いに視線を交わし、微妙な表情を浮かべていた。そこでなんとなく察しはついたのだが、乱菊さんはゆっくりと口を開いてくれた。





「こんな時くらい側にいてあげなさい、って言ったんだけどね」


「『素人が居たって邪魔ですからね、四番隊に委任しときまーす』だそうで…」


「今頃、うちの隊長たちと散歩してんだろ」


「そう、っすか……」




呟いた声は、やっぱり掠れていた。


俺が御礼を言うと、三人は微妙な表情のまま、気まずそうに病室を出て行った。








なまえは俺の女、だった。





手放したのは、俺の方だった。
















「俺にはお前がわからねぇよ!!」

「当たり前だよ。修兵はあたしじゃないんだから。」

「そういうことを言ってんじゃねぇ!!!」






俺にはあいつの望む"自由"がわからなかった。

あいつには俺の"理屈"が理解できなかったらしい。



別れを切り出したのは俺だった。別れたくはなかったが、俺にはこれ以上、彼女にかける時間はなかったのだ。


じっくり話せば解決できる問題だって、無意味な言い合いの後、傷として残っていく。


そんな毎日に、どうしても堪えられなかった。



俺の大部分を占めるお前の存在を無くすことは、東仙隊長を失うことよりも辛いと思っていた。



だが、別れを切り出した俺に、お前は、





「あ、そう。じゃ、ばいばい。」




と、笑った。






お前にとっての俺の存在とは、いったい何だったんだろうか。




俺は大切な人を、一度に二人も失ってしまった。











だが、不思議なことにも、あんなにでかいと感じていたお前の存在は、失くなってみればたいしたことはなくて。

むしろ、東仙隊長の方が仕事的にも精神的にも辛かったのだから驚きだ。お蔭様でこんな状況になっているわけだが。


だが、それでも無意識にお前を探してしまうのは、やっぱり、まだ、俺はお前のことが………。


















気づいたら、夕刻だった。



柔らかな夕暮れが、部屋の中に差し込み、穏やかにオレンジ色を満たしていく。



まどろみの中、ぼんやりする頭の中で考える。

あれ、確かカーテンは閉めていたはず……。


だるい身体を動かし、視線を窓側へと向ける。







そこには、いま一番会いたかった人がいた。











「……なまえ、」


「あ、修兵。起きたの?」


「あぁ……」




声はやっぱり枯れていた。


窓側に立っていたなまえは、ゆっくりとこちらまでくると、俺が眠っていたベッドの淵に腰掛け、俺の顔を覗き込んだ。






「冷めた?」


「何、が……」


「熱」


「………たぶん、な」





額に乗った生温いタオルを手に取り、俺は上半身を起こした。なまえが眉をひそめるのに、苦笑いが零れる。


俺が反対の手でなまえの腕を掴むと、なまえはさらに眉をひそめた。






「来て、くれたんだな…」


「まあね、」


「……なんで、」


「は?」


「今更、なんで来てくれたんだ……?」




微妙な表情が不機嫌なものに変わる。俺には何が原因でこうなってしまうのかわからなかったが、付き合っていたころはよくこんな表情をしていた。


喧嘩したって、別れを切り出したって、不機嫌にはならないというのに。








「ねぇ、あんたさ」


「……ああ」


「あんたは、あたしに"どう"してほしかったの?」


「………。」





珍しく真剣な表情を浮かべているなまえの顔に、目を奪われて、質問をまともに理解できなかった。






「俺は、ただ、普通の恋人みたいに…」


「そうじゃない」


「は?」


「あたしは、"東仙が消えた後"あんたはあたしに"どう"してほしかったのかって言ってんの」


「どう、って…」






それは、やっぱり…





「大丈夫だ、とか、俺なら「『大丈夫だよ』『あなたならきっと頑張れる』とか、言えばよかったっていうの?」


「………。」



重ねられた声に動揺はない。





「あんた、本気でそんなこと考えてたの?」


「………もう、やめてくれ。俺はお前と喧嘩したくないんだ。」




忘れていたはずの頭痛が再開してきた。痛い、苦しい、辛い。



まともになまえの顔が見れずに視線を逸らしていると、なまえはゆっくりと立ち上がり、俺に近づいてきた。そして、俺の肩を押し、俺をベッドに押し倒した。


なまえの長い髪がパサリと落ち、俺の頬にかかる。


俯いてしまったなまえの表情は、ここからではわからない。









「………ねぇ、修兵。あんたにとってのあたし、ってさ、何だったわけ?」


「なまえ…?」


「答えなさいよ。あんたにとってのあたし、ってなに?」






そんなもの、今も昔も変わらない。







「俺にとって、お前は、世界で一番大切な奴だ。」










それだけは、断言して言える。










その言葉を聞いたなまえがゆっくりと顔を上げた。


なまえは、不機嫌な表情を苦しそうに、そして泣きそうな表情に歪めた。













「だったら、なんで……」







零れた声は、俺みたいに掠れている。










「なんで、慰め人形みたいに扱うのよ!!!」











慰め人形……?











「なまえ……」



「『大丈夫だよ』だとか『あなたならきっと頑張れる』だとか、あたし以外の人間だって、誰でも言ってんじゃない!あたしが言う必要なんてないでしょ!?」



「なまえ、俺は……っ…」



「あたしはね、そんなありきたりな言葉なんか必要ないって………っ……」






耐え切れなくなったのか、なまえの大きな瞳から、大粒の涙が零れて、俺の頬を濡らしていく。


胸がギュッと締め付けられ、俺もなまえのように顔を歪めた。











「あたしはただ、…修兵の代わりになろうとしただけなのにっ……っ…!」












しゃくり上げながら肩を揺らし、俺の胸に顔を押さえ付けるなまえを、優しく抱きしめた。






なまえの全てを理解した俺は、自分の愚かさに吐き気がしてきた。







「なまえ、ごめんなっ……」


「ウッ…クッ…ッ……」


「お前は、俺の代わりに笑ってくれてたんだなっ…っ…」


「…フッ……ッ…」


「ごめん、ごめんな…っ…」


「しゅ…へ…ぇ……」







子供のように泣きじゃくるなまえを力強く抱きしめた。もう言葉なんか必要ない。最初から理解してあげられればよかったのに。見えていなかったのは、愚かだったのは、俺の方だった。















あたしにあんたの代わりはできない。


でも、あたしには、


あんたの感情の代わりはできる。





あんたが笑えないなら、



あたしが代わりに笑ってあげる。




あんたが泣けないなら、



あたしが代わりに泣いてあげる。





あたしがあんたの感情を守ってあげる。







だってあんたは、












世界で一番大切な人だから。



















「だったら今度は俺が笑ってやるよ」


「……んっ…」


「泣いてるお前の代わりに、な?」


「……ふぇ…」







互いに額を突き合わせる。


俺の熱は既に引いていた。





目の前で赤子のように泣きじゃくるなまえを見つめながら、俺はやっと、笑うことができた。














君を失っても

生きていけるなんて

とんだ勘違いだった。


見えない痛みは蓄積され

やがて悲鳴を上げ崩壊する。


壊れた心の欠片を

ひょいっと拾い上げ

お前はいとも簡単に

それらを繋ぎ合わせた。




そして、

泣きながら笑うのだ。

































俺の細胞一つ一つにお前の愛が凝縮されていた。











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