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「ヒナ唖然」


「だから違うって言ってんでしょ!!」




忙しい、忙しいと喚いているヒナは、ランチに誘う時間だけは忙しくないらしい。最近の近状報告も兼ねてランチに誘ったのはいいが、正直カフェの周りを海軍に囲まれるのは勘弁していただきたい。






「これ、どう見たって浮気よ」


「浮気じゃない!!」


「スモーカーくん、知らないの?」


「知らない、っていうか…」



興味がない。




あの人が私の私生活に文句を言ってきたことなんてゼロに等しい。だから、私だってあの人の行動に文句を言うことなんてできない。

勝手にグランドラインに飛び出して行っちゃって。いったい、いつ帰ってくるつもりなのかしら。






「なまえが海軍だった時代が懐かしいわね」


「あんたたちの御蔭でトリプル問題児なんて呼ばれてたけどね」


「誰のこと?」


「あんたとうちの馬鹿亭主よ!」




コーヒーフロートをずずずと啜りながらヒナを睨みつけるが、しれっとデザートのアイスに舌鼓を打っていた。







つい先日のことだった。

私がまだ海軍少将として大活躍していた頃の同僚に誘われて参加した飲み会で、散々な目に遭わされたのだ。

家に帰ったってスモーカーはいないし、私たちの間に子供はいないから専業主婦の私は暇で暇で仕方がない。こんなんだったら寿退社なんてするんじゃなかった、なんて後悔していたまさにその時に鳴った電話。

久しぶりの飲み会で浮かれていた私だって悪いのかもしれない。だからってこれはないだろ、これは。







「完全にキスしてるわね、ヒナ感激」



「あたしは被害者だっつーの!」



「告白されたの?」



「ずっと好きだったんだって」






そんなの知ったこっちゃない。


こちらからしてみれば、なんとなく覚えていたような印象の薄い部下にいきなり「ずっと好きでした!」なんて言われてもどうしようもないのだ。とりあえず苦笑いしながら「ありがとう」なんて返してみたけれど、「人妻だなんて関係ありません!」なんて叫ばれたかと思ったら押し倒されて、いやあんたに関係なくてもこっちには大有りだ、とか思う暇なくなんかキスされちゃいました。






「で、面白がった悪ノリ連中が写真撮って送ってきたってわけ」


「それでも海軍少将?」


「元よ、元」




自分でも情けないと思うが。とりあえず、その部下の股間を思い切り蹴り上げて首締めて「二度はねぇぞ」なんて脅したわけですけども。








「これ、スモーカーくんが見たらショックよ」


「はぁ?そんなわけないじゃん。あいつはあたしにこれっぽっちも興味なんかないんだから。」


「そうかしら?」


「普通、新婚の新妻を置いてグランドラインに飛び出すかしら?」


「普通はないわね」


「まあ、別に。いいんだけどね。」




あいつの無鉄砲にはもう慣れてしまった。いったい何年の付き合いだろうか。

そんじゃそこらの夫婦よりは喧嘩もしたし、ガチの殺し合いだってやったことがある。お互いに気心は知れているし、些細な行き違いなんてどうでもよくなってしまった。





「まさかあんたたちが結婚するなんて思ってなかったもの」


「あの事件がなかったら結婚してないわよ」


「あーあれ」


「そー、あれ」






私が海軍を辞めた理由でもある「あの事件」。私たち夫婦の仲を深める重要な事件ではあったけれど、私たち夫婦の間では禁句中の禁句だ。


当時、出世なんかに興味のなかったスモーカーとはちがい、少将まで上り詰めた私。別に私だって出世したかったわけじゃないが、幸か不幸か実力はあった。

ある日、部下であるスモーカーとその他もろもろたちと任務に出たとき。いつものように私の指示なんて無視して飛び出していったスモーカーを呆れながら追い掛けた。他の部下にはちゃんと指示を出し、一人で追い掛けた私の目に映ったのは、幾つもの拳銃を向けられたスモーカーの姿だった。


冷静に考えれば、能力者のスモーカーが拳銃を向けられたからって何なのだ。あいつの身体は煙になるんだから銃弾なんて恐れるに足らないというのに。




「被弾して意識不明の重体」


「まぁ、助かったし」


「そういう問題じゃないわ、ヒナ茫然」


「私が馬鹿だったんだよ」




なんで飛び出したんだろう。なんで庇ったんだろう。気付いたときには病室で、みんなに見下ろされて、ガープさんには拳固喰らって、センゴクさんには説教されて、クザン大将には慰められて。あいつの姿はどこにもなかったけど、無傷だったって聞いて安堵のため息が漏れた。




退院する最後の日。


やっと姿を見せたあいつは。



「ありがとう」



「すまなかった」




言わなかった。








ただ一言、







「もう辞めろ」







と、そう言った。













「本当に馬鹿ね、ヒナ溜息」


「はいはい馬鹿ですよ」




なくなったコーヒーフロートを見つめ、ストローから口を離す。


その時、一人の海兵が慌てた様子で飛び込んできた。







「大変ですっ!ヒナ大佐!!!」


「なに?女のランチを邪魔する気?ヒナ憤慨」


「いいいっいえ!!そういうわけでは…!!あっ、なまえ少将!!」


「なに?」


「すすす、スモーカー准将が!!!」


「はぁ?スモーカー?」




ナチュラルに「少将」呼びをされたことは気にも止めずに私はヒナを残しカフェの外に出た。






「あっ、なまえ少将!こちらです!」


「はいはい、どーも」




外に出て、一人の海兵にズイッと差し出されたデンデン虫を受け取る。なんだかデンデン虫が鬼のような形相になっているのに嫌な予感を感じながら。











「はい、なまえですけど」


『……てめぇ、いまどこにいやがる』


「ヒナ大佐とランチ中です、どーぞ」


『ふざけやがって』


「新妻置いてグランドラインに飛び出すほうがふざけてると思います、どーぞ」


『……忘れてたんだよ』


「忘れてたのかよ」





そうかそうか。あんたは嫁の存在なんか忘れるほど仕事に打ち込んでんのか。そりゃまあ、なんていうか仕事人の鏡ですこと。






『で、写真の話だがよ……』


「は、写真?」


『………。』


「ちょ、スモーカー?」





写真?写真って何だ。


聞き返そうとした瞬間、私の手から受話器がスルリと抜け落ちた。





「あ」


「もしもし、スモーカーくん?早く馬鹿嫁迎えに来てくれない?ヒナ迷惑」


「え、迷惑だったの?」


「あと、夫婦喧嘩は犬も食わないわよ、ヒナ博識」


「なにちゃっかり自慢してんの?」






こちらからは二人の会話は聞こえない。

ヒナはそのままスモーカーと二言三言話すと、私に受話器を差し出した。





「たまには素直になりなさいよ」


「は?」





はい、と渡された受話器を受け取る。それはどちらに向けた言葉なんでしょうか?









「もしもし、スモーカー?」


『……今からそっち行く』


「は!?今から!?」





先程よりは比較的に穏やかになったデンデン虫の顔を見ながら、信じられない言葉に声がひっくり返ってしまった。










『ああ、だから……』



「…だから?」



『だから…"待っとけ"』









スモーカーという男は本当に不器用な奴だ。男気に溢れているのは結構なことだが、言葉が足りずに相手に伝わらないことなんてよくあることだ。こちとら長い付き合いだから、わからないものもわかるようになってきたのかもしれない。



例えば、「辞めろ」が「悪かった」とか。

「待っとけ」が「会いたい」とか。












「来い」が「結婚しよう」とか。















「うん、"待っとく"」





ガチャンと切れたデンデン虫を一人の海兵に返し、私は再びカフェに戻ろうと後ろを振り返った。







「私はもう行くけど、あんたはどうするの?」


「うん、待っとく」


「あっそ、ヒナ困狽」


「……"乗せてくれてありがとね"」





何も言わずに去っていく親友に苦笑いを浮かべる私も大概だ。

















「………いきなり来て何なのあんた」

「いいから、海軍辞めて俺のとこ来い」

「は?」

「わかったな」

「え?」

「わかったな?」

「うわぁっあ、はい」

「………」

「え、スモーカー?」












馬鹿な男に惹かれた私も、どうやら馬鹿な女らしい。

















馬鹿な男を追い掛けて、親友の船に乗り込み、グランドラインに飛び出した私も、相当の馬鹿女らしい。










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