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「おい、聞いてんのかよ」



「先生、なんで地球は丸いんですか」



「知るか、理科教師に聞け」



「誰かが"誰も隅っこで泣かないように"って言ってました」



「んな都合良くできてるわけねーだろ」



「夢がないね、先生は」



「いいからさっさと問題解けよ」



「ふぁーい」






目の前に座る遅刻魔の問題児は、とうとう今月一回も俺の朝課外に出ることはなかった。一度もだ。何度授業があったのか数え切れないというのに。

本来ならば、厳重な処罰がくだされるようなものだが、なぜか上が通達したのは、必要な単位を課題で補えという命令だけだった。


なので、こうして目の前に座らせて解説してやっているというのに、こいつは先程からよそ見したり、落書きしたり、とやる気のカケラも見当たらない。

かと思えば、意味のわからないことを急に言い出す始末。

だいたい俺は数学教師だ。




「てめ、微分と積分を交ぜんな」


「先生、なんで空は青いんですかね」


「……夕方になりゃ赤にもなんだろ」


「あ、そっか」


「てめぇ、やる気あんのか」


「バリバリありますって」





俺はそいつの筆箱から消しゴムを取り出し、計算がズレはじめている箇所を雑に消した。




「汚い」


「文句があんなら自分で消せよ」


「へい、パス!」


「投げるかよ、ボケ」




俺が消しゴムを筆箱に投げ戻すと、何やら不服そうに唇を尖らせて荒々しく消しゴムを取りやがった。




「そっからやり直しだ」



「……ねぇ、先生」



「……………今度は何だ」




窓の外を見遣りながら答えた。雨が降りそうな雰囲気だ。





「"適応力"って大事だよね」


「はぁ?」


「先生って不慣れな環境でも上手くやっていくタイプでしょ?」


「……お前は違うのかよ」


「私はね、いま難攻不落の城に挑戦中なの」


「そりゃ、ご苦労様」


「大変なのよー」


「そこに代入すんのはaじゃなくてxだろうが」


「げ、」




再びゴシゴシと消されて行く数式の羅列。それを目で追いながら、間違った箇所に赤ぺンでチェックを入れていった。

なんやかんやでやっと1ページが終わった頃には、既に空は赤くなっていた。

1日1ページなんてペースじゃ、終わるのはいつになるんだ?





「赤くなっちゃった」


「お前、ちゃんと課外出ろよ」


「んー…」


「居残りして何時間も数学に向き合うのがそんなに楽しいか?」


「ぜーんぜん」


「だったらちゃんと出席しろ」



俺は1ページだけ解き終わったテキストを閉じ、出席簿と閻魔帳、教科書を持って立ち上がった。

俺だって、楽しいわけがない。

教師は生徒みたく、授業が終われば、はい終了というわけにはいかない。

特に俺は担任も受けもっているからやることがありすぎて目の隈が取れないというのに。






「先生、帰るの?」


「帰らねぇよ」


「なんで?」


「てめぇのせいで終わってねぇ仕事がたんまりあんだ」


「………ごめん」


「そう思うなら、ちゃんと授業に出ろ」





最後に出席簿で頭を軽く叩き、俺は背中を向け、ドアに向かって歩き出した。

ああ、まず何からしなければならないのか。とりあえず、この問題児のこれからの計画プランでも立てなければならないのか。

1日1ページ?

俺がごめんだ。







小さくため息をついた瞬間、俺の耳は小さな声を捕らえた。









「難攻不落の城は、先生だよ」










振り返ると、泣きそうな笑顔を浮かべるなまえがいた。










「私を出席させてみせてよ、ロー先生」




不適に笑うその表情は、およそ策士には不釣り合いだった。





「解く方は性に合わない、てか?」



「そうよ、疲れたの」



「そりゃ、お疲れさん」



「どうすればいいか、わかんないの」


「俺はオススメできねぇな」



「私、先生が好きなの」







……残念ながら、教師と生徒の恋が成り立つのはドラマや漫画の世界だけだ。一般教師には倫理観つーもんがある。どこぞの馬鹿は、たまにそれを犯すらしいが、まともな教師ならば、道を踏み外すことはない。






「教師なんざ劣悪物件だろ」


「別に教師だから好きになったんじゃないよ」


「ばーか」




俺が教師じゃなかったら、お前とは出会ってすらなかったさ。








「寝言は授業に出てから言え」



「授業に出たら、気持ちに答えてくれる?」



「その気持ちが是が非でもちゃんと受け止めるならな」



「ならいらない」



「なら俺だって答えねぇよ」





窓からは真っ赤に染まった太陽の光が差し込んでいた。先程の俺様天気予報は、どうやらハズレだったらしい。雨が降る気配はどこかに行ってしまったようだ。








「ねぇ、先生」



「……なんだ」



「人はどうして涙を流すの?」



「………辛い気持ちを溜めないため」






だから雨だって降るんだ。









「そうなんだ…、なら私は雲になりたいよ」









泣きそうな笑顔の雲は、温かい太陽の光を浴びながら、一筋の雨を流した。













どんなに優れた頭脳も、
恋の前には無力である


教師の俺にはその雨を止めることはできない










「お前の方こそ難攻不落だろ」


「だって恋ほどややこしい感情は他にはないよ」














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