今日の朝は、あなたからのラブコールで目が覚めたの。
顔を洗って、朝食作って、TVをつけると、始まった占いコーナー。
一番に気になるのは、自分の星座よりあなたの星座。
あなたのラッキーアイテムの白ハンカチと、私のラッキーアイテムのピンクの髪結びをこっそり鞄に忍ばせて。
化粧をして、お洒落をして、鏡の前に立って自分を見つめた。
「うん、今日もいつも通り」
待ち合わせには、30分前には着いちゃうの。
だって早く会いたいんだもん。
少し早めに来たあなたに、「待った?」って聞かれても、「いま来たとこだよ」って嘘をついた。
待ってる間は、頭の中はあなたでいっぱいだから、すごく幸せなんだよ。
さりげなく差し出された手の平をぎゅっと握って、「さあ、今日はどこに行こう」なんて。
予定は未定。
あなたとなら、どこに行ったって楽しいから。
さあ、今日は白ハンカチを使うチャンスはあるかな、なんてウキウキしながら、あなたの隣の安住地に佇んだ。
ああ、幸せ。幸せだった。
明日もこんな幸せが続きますように。
「何それ、どんな夢物語」
「なまえちゃんの口からぜひとも聞きたい物語」
「寝言は寝て言え、変態ロン毛」
少し遅めの朝食を食べながら、占いなんてとっくに終わり、くだらないドラマが流れているTVをぼんやりと見ていると、玄関がガチャガチャと鳴り、ギギギと不躾な音と共に金色が入ってきた。
「おかえり」
「ただいまぁ」
微妙な関西鈍りと共に発された言葉には疲労感が溢れていた。だが、そんなことを微塵も感じさせないくらいの笑顔を浮かべた真子は、私と向かいあう席に座り、私のプレートからウィンナーを手づかみで食べた。
そして、話し出した。
先程のなんて夢物語。
「で、結局なんなの」
「ん〜、お客さんの夢なんやて」
「やっぱり、夢物語じゃん」
「なまえはそんな感じに女の子しとる恋愛は嫌なん?」
「私は現実見てんのよ」
「ふーん…」
頬杖をつき、ふぁぁと欠伸をかました真子は今にもここで寝てしまいそうだ。
私は怪力女ではないので、寝た男をベッドルームまで運ぶ力も体力もないのだ。
既に食べ終わった食器を重ねて、立ち上がると、コクリコクリと舟を漕いでる頭をバシンッと一発叩いた。
「寝るなら寝室、寝ないなら風呂行け」
「……おれ、なまえちゃんがい「却下」………まだ全部言うてへんやん」
「酒臭いのよ、あんた」
そうよ、酒臭いの。
いくらザルだから酔わないって言っても、匂いは着くのよ。
本当に不快。
気持ち悪い。
「おれ、臭いん?」
「超臭い」
「………なら風呂入ってくるわ」
「うん」
少しだけションボリとうなだれた背中を見送って、少しだけため息をついた。
……本当に不快なのは、
お酒の匂いじゃなくて、香水の匂いなのに。
目にしていなくたって瞼の裏に浮かぶ。
馬鹿みたいにぷんぷんと香水を振り撒きながら、真子にべったりとくっつく馬鹿な女の姿が。
そんな馬鹿な女が、あんな夢物語を語るなんてありえないでしょう。
なに、あれは。
あれは暗に、「俺と別れて普通の恋愛しろ」ってことを言ってんの?
あんたはあたしに別れて欲しいの?
「占い見て、ラッキーアイテムを鞄に入れればいいの?」
テレビではくだらないドラマが流れてる。
「化粧してお洒落すればいいの?」
色褪せたパジャマがもどかしくて。
「待ち合わせの30分前に来ればいいの?」
いったい何時間待たなければならないのか。
「予定なんて、立てなきゃいいの?」
予定通りになったこと、ないじゃん。
「幸せだから、いいって……」
笑えばよかったの?
風呂からあがると、机の上には、誕生日プレゼントに贈った指輪がポツンと置かれていた。
ああ、よかった。安堵のため息が零れる。
だが、それと同時に心がズキンッと泣いた。
自分がやったことなんに、ね
苦笑いが零れる自分に苦笑いだ。
なまえはいったいどう思っただろうか。聡い女だ。あんな些細な言動を、一字一句聞き落とすことなく、それを理解し、行動してみせたのだ。馬鹿な俺でもわかるような最善の方法で。
本当に聡い女だ。
最初から、俺にはもったいない女だったのだ。
さあ、これからはもう、"いつも通り"には行かないのだ。
机に置いてある少し冷めた朝食も、綺麗に畳まれたなまえの匂いがする洗濯物も、「お疲れ様」と綺麗な字で書かれたメッセージも。
扉を開けたら聞こえる、
「おかえり」も。
「なぁ、……ほんま、ありがとう」
純情失踪事件
何がダメだったとか
何がいけなかったとか
考えだしたらキリがない
僕らにとっての最悪は
"いつも通り"が
毎日来てしまうこと
当たり前のことに
自惚れたまんまで
ゆっくりとぬるま湯につかる
そうして"心"はないた
蓄積する何かに
「助けて」と鳴き
「苦しい」と泣き
「止めて」と亡いた
ああ、あの頃に戻れたならば
僕らは初めに何をしただろう
慣れ親しんだ隙間から
生まれたのは軋轢で
いつの間にか隙間には
あの純情はいなかった
To.椎架様 【10000hit企画】