「なぁ」
「はい」
「生徒と教師の恋って、お前的にはアリか?」
「はい?」
ファイルに挟まれたレポートの文字をなぞっていた私の指がぴたりと止まる。
思わず顔を上げたが、イゾウ先生はこっちを見てすらいない。私は再びファイルに視線を戻し、ペンを走らせる。
「ドラマじゃあるまいし…」
「お前的には?」
「私ですか?」
生徒と恋、か。
うん、考えられないかも。やっぱり高校生と大人の境界線というのは曖昧ながらもしっかりと敷かれているのだと思う。
社会に縛られながらも根本的には自由な私たちと、規則に縛られながらも精神的に自由な生徒たち。
やっぱり学生とは価値観が違う。
「私は無理です。年齢差もありますし。」
「お前まだ若いだろ」
「アラサーですよ」
「お前何歳なんだ?」
「女性に年齢を聞かないでください」
ファイルをめくると、イゾウ先生のクラスの問題児のレポート用紙が現れた。成績はトップクラスなのに、なぜか素行が落ち着かない問題児。
やっぱり社会人になると、こうはいかない。
「学生だからできることってあると思いません?」
「例えば?」
「例えば、制服を着る。スカートを巻く。ルーズソックスを履く。」
「学生だな」
「学生ですよ」
彼女のレポートはよくできていた。近代化における教育の一般論がテーマだが、現状をよく理解している。理解した上でのあの態度なのだと考えると、思わず苦笑してしまう。
「話は戻るんだがな」
「あら、まだ続くんですか」
「気になる生徒がいてな」
「おたくのクラスの問題児さん?」
「あー…、ていうより生徒"たち"?」
「生徒"たち"?」
静かな国語準備室にイゾウ先生が立ち上がる音が響く。
イゾウ先生は急須に茶葉とお湯を入れ、自分のと私の湯呑みを手に取りお茶を煎れてくれた。
「ほら」
「ありがとうございます」
隣のセンゴク先生の椅子に座ったイゾウ先生は、私の手元のファイルを手に取りペラペラとめくりはじめた。
「エースは知ってんだろ?」
「ガープさんのお孫さんだそうですね」
「お前、担当か?」
「確か、センゴク先生じゃなかったかしら…」
私よりも経験も実力も豊富なセンゴク先生は、担当クラスが私より遥かに多い。今度、研究授業に行かせてもらおうかな。
「こいつよ、エースと付き合ってんだわ」
"こいつ"と言われて差し出されたのは問題児さんのレポート。右下には「よくできました」の判が押してある。
「それが?」
私はファイルを受け取り元のページに戻した。
「で、そいつはマルコとも付き合ってたんだとさ」
「は?」
マルコって、マルコ先生?
「そんな馬鹿な」
「それが本当なんだよ」
「マルコって、マルコ先生ですよね?」
「正真正銘、そのマルコだ」
「あの美人保健医の誘惑にも屈しなかったマルコ先生?」
「何だそりゃ」
「知らないなら結構です」
「おい、教えろよ」
私は最後の生徒のレポートに判をおし、すべてを綺麗にファイリングした。
「これ、イゾウ先生のクラスの分です」
「おい、なまえ」
「学校では名字で呼んでくださる、イゾウ先生?」
「…………。」
生徒と教師の恋か。
やっぱり私には無理かな。
私はすごく淋しがり屋で、甘えん坊で、独占欲が強いから。
年齢差がある上に、周りには若い女の子がいっぱいいるなんて耐え切れない。
彼を引き止めていられるほどの魅力なんて、残念ながらないんだもの。
だからね、やっぱり私は普通の恋がしたいな。
「で、マルコはいいんだ。お前はどうなんだよ?」
「マルコ先生の気持ちわかるなぁ」
「は?」
目を白黒させるイゾウ先生なんて貴重だ。超貴重だ。写メりたい。
「目の前に、かーっこいい男子生徒がいたら靡いちゃうかもしれません」
「……………。」
「……なーんちゃって、ね?」
「……………たく。」
なんともいえない表情を浮かべるイゾウ先生に、私はにっこりと微笑んでみせた。
「私は普通の恋でいいです。」
「……職場恋愛は普通の恋か?」
「辛うじて普通枠でしょう?」
「でも今は秘密なんだろ」
「そう、バレたらと思うと心臓がドキドキしちゃいます」
隣の席で見つめ合う。
この距離にはいつまで経ったって慣れやしない。
それでも、
私は幸せだから。
いつかのドラマのような
なんて思いながらも
今の幸せを噛み締めていたいの
「とりあえず、デートでもするか?」
「喜んで」
To.匿名様 【10000hit企画】