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『好き。』って、恋人って、何なんだろ。









「なーなー出雲ちゃん!」


「な、なによ…」


「今日ヒマなんですわ、デートしまへん?」


「はぁ!?」


「なーなー、ええですやろ?」


「あ、あんたみたいな馬鹿に付き合ってる暇なんかないわよ!!」


「つれへんなぁ。そんな出雲ちゃんもかいらしけどなぁ。」


「なっ、馬鹿じゃないの!?」





あーあ、今日もやってるよ、あの御馬鹿さんは。本当に御馬鹿さんだ。先程からチラチラとこちらを見てくる出雲には悪いけど、私は全く関わるつもりはございません。




「あれ、いいのか?」




なんて思っていたのに、真横にいる勝呂が躊躇いがちに口を開いた。





「何が」


「何がって…」


「ぼん、そこ違う」


「ぼん言うなや!」


「はいはい、堪忍」




必死に消しゴムで字を消している勝呂をぼんやりと見つめる。本当に勉強熱心な男だ。あいつとは違って。


一つの長い机に隣同士で座った私たちは、一つの教科書を真ん中に置き、お互いに得意な分野を教え合っていた。その目の前で繰り広げられる”いつも通りの光景”。それは私にとってであり、どうやら勝呂は気にしてくれていたらしい。



恋人なのに、恋人に見えない私たちを。







「お前なぁ、嫌なら言ったがええで」


「何が」


「……阿呆」


「はいはい、どうせ私は阿呆ですよ」





ペンをクルッと回すのが私の嫌な癖だ。いわゆる浪人回しなんて言われているこれをやるようになったのはいつからだろうか。苛々するたびに回していたので今じゃプロ級だ。そして、こうやってストレス解消してるから、きっと私のイライラは顔に出ていない。だから志摩だって気づいてない。気づいてないから平気で他の女の子をナンパしたりするんだ。



嫌なら嫌って言えばいい。

でも、私にはそんな勇気ないよ…。








「お前、すげぇ!!」


「へ?」





勝呂がさくさくと問題を解いているのをぼんやりと眺めていると、突然目の前に燐の顔が現れた。思わず変な声を出してしまった私を変な目で見てくる勝呂とは対照的に、燐はキラッキラした瞳で私の手元を凝視してきた。





「お前、今のソニックからのバックアラウンドだろ!?」


「はぁ?そにっく?え、ばっく?」


「ソニックからのバックアラウンド!!」


「………なにそれ」


「今のペン回しの技!!」


「ペン回しに技なんてあんの?」




そりゃ初耳だ。とにかく私が無意識に勝手にやっていたのがソニックとかいう技らしい。へぇ、なんて返しながらもう一度クルッと一回転させると、燐はさらに目を輝かせた。



そして、




「師匠って呼んでいいか!?」




私の手をガッシリと両手で握りしめて、満面の笑みで弟子入りを懇願してきた。





「ちょ、燐!顔近いってば!」


「なあ、頼む!」


「聞いてる!?」


「俺も回せるようになりてぇ!」


「聞いてよ!!」



あまりの近さに私の顔が真っ赤になりかけたとき、不意にたくましい腕が燐の顔面を掴んで押しやってくれた。



「へぶっ!!」


「ええ加減にせぇ。」


「な、何すんだ勝呂!」


「ペン回しなら子猫丸のが上手かったはずや。」


「本当か!?」




燐は握っていた私の腕をバッと離すと、勢いよく子猫丸の方へと飛んでいってしまった。






「び、びっくりしたぁ…」




私は握っていたペンを机の上に置き、ふぅとため息をついた。すると、「おい」と勝呂が声をかけてきたので頭を上げた。





「あ。ありがとうね。」


「おん」


「なら続きやろっか」


「いや、お前」


「ん?」


「お前、あれ見いや」


「は?」



あれってなんやねん。

勝呂は顎でくいっと真っ正面をさしてきたので、そちらの方へ顔を向けてみた。








なんて顔してんのよ……









そこには、今にも泣き出しそうな顔をした志摩がいた。






「………っ…」








意味わかんない、意味わかんない。泣きたいのはこっちの方だっていうのに。


思わず私は視線を逸らし、勝呂の手元を見た。すると、勝呂はノートにサラサラと何かを書き出したのでその文字を目で追ってみた。





”はよ、行け”






いやいやと首を振った私を見た勝呂は、再びシャーペンを走らせた。







”ずっとこのままでええんか?”








じわり、と涙が滲んでくる。

ずっとこのまま。


そんなの、嫌だよ。




本当は私だってデートしたい。

恋人みたいに手を繋いで、こうやって勉強したりなんかして。


素直に好きって言いたい。










「いや、だ…っ…」











私の頬にやっと涙が伝った。





すると、その瞬間。









「ぼんっ!なにうちの嫁はん泣かしとるんです!?」








いきなり肩をぐいっと引っ張られて、私は薄い胸板に顔面を押し付けられた。




「は?」
「へ?」




すっきょんとんな声を出したのは私と勝呂。意味のわからないことを言い放った本人は、真剣な表情で勝呂を見ている。





「ぼん!こいつはうちの嫁はんですわ!手出さんといてください!」


「阿呆!俺がいつ手出したんや!」


「泣いてはるやないですか!」


「せやからなんで俺になんねん!」



力強く押し付けられて息もままならない私は、頭上で行われる意味のない言い合いをぼんやりと聞いていた。

いまのはなに?なんで勝呂にキレてんの?わたしより勝呂のが好きなくせに怒っちゃったりして大丈夫なの?


ぐるぐると回る自問自答でたどり着いた結論に私の目からは再び涙が溢れてきた。





私ってあなたの何番目?





別に一番でありたいなんて思ってはなかったけれど、人間は貪欲な生き物だ。順位を抜かされる度に、私の心はゆっくりと黒ずんでいく。ずんぐり、ずんぐりと。一番じゃなくていいよ、でも一番になりたいの。私を真っすぐに見てほしいの。

好きって言ってほしいの。





押し付けられたまま、不意に志摩の手が私の手を掠った。私は無意識にその手にそっと触れる。私のそれより大きな志摩の指をキュッと握りしめた。


すると、それに気づいた志摩がはっとしたように視線を私へと向けた。そして、私の頬に再び流れはじめた涙を認めると、そのどんぐり眼を大きく開かせた。




「な、なに泣きよんねん!」


「……あっ、あんたのせいよ馬鹿ぁ!!!」


「お、俺!?」




何してもうたんや、俺!?なんて叫び始めた志摩には悪いが、今更この涙を止めることなんてできない。えんえんと泣き出した私をオロオロと困った顔して慌てていた志摩は、不意に私の身体を抱きしめた。







「っ…志摩」


「……堪忍や」


「…っ……謝らないでよぉ」


「ようわからんけど、泣かせてもうたんやろ?」


「……っ…」


「…俺、お前と別れとうない」


「…えっ?」




ここからじゃ志摩の顔は見えない。あったかな身体の熱は感じられるが、志摩の表情はわからない。








「幸せにしたる!!せやから俺と結婚しよっ!!!」



「はあ!?」




意味わかんない!なんかいろいろ飛んだでしょ!?



私は目の前の胸を力いっぱい突き飛ばし、真剣な顔した志摩をキッと睨みつけた。






「さっきからなんなの!?嫁とか結婚とか、あんたの頭はいつ死んだの!?この、ピンク星人!!」


「ぴ、ピンク星人てなんやねん!?俺はいつかて本音しか言ってへんわ!!」


「嘘こけ、馬鹿!!!だったらなんで他の女の子をナンパしたりすんの!?」


「っ!?そ、そりゃ…」


「ほらっ嘘じゃない!!あんたの言葉には重みなんてないのよ!羽毛より軽いじゃない!!」


「…っ……。」






それはまるで自分に言い聞かせた言葉だった。


『好き。』って言われたのは幻聴で、付き合っていたのは幻想で、この頬に流れている涙は、きっと現実への出口なんだ。



志摩は何も言わないじゃない。


それが”答え”だ。



わかっていたはずなのに、なんでこんなに悲しいかな。

毎日見てきたんだよ。耳を塞いでいたって聞こえてくるのは、私が聞きたい甘い言葉ばっかり。もう、うんざりするくらい聞いてきた。


でも、耐性なんてつかないよ。

つくわけないよ。











「……ほんなら俺かて言わせていただきますわ」


「えっ…?」





嗚咽を堪えながら、ゆっくりと顔を上げると、そこには先程と同じように泣きそうな顔をした志摩がいた。

歯をくいしばるその姿は、ほんとに泣くのを堪えている子供だった。






「なあ、俺はな」



「…っ……」



「お前に気にかけてもらいたかったんや」



「…え?」




志摩が突き飛ばした位置からゆっくりと近づいてきた。







「気にかけて、嫉妬してもろて、」







空いた隙間はあと一歩。












「『好き。』って言ってもらいたかったんや」






志摩が私の手をギュッと握った。



ああ、


私が彼に愛の言葉なんて囁いたことがあったろうか。求めているくせに口にはださず、しかも彼に何かを与えたことなんてなかった。



私、最低だ。



















「名前もっ…」


「……っ……」


「ちゃんと、志摩やのうて、”廉造”てっ……」


「…あっ………」


「廉造って……」


「……っ…」


「呼んで、欲しかっったんや……」






私は思わず志摩に抱き着いた。そのピンクの頭を抱え込むように抱きしめて。


そして、











「廉造…、」



「!!!!」






廉造が目を輝かせて顔を上げた瞬間。









「男がびーびー泣いてんじゃないわよ!!!」



「っ!!?」




そのピンクの頭を思い切りひっぱたいてやった。






「な、何すんねん!!」


「だから、いつまでも子供みたいに泣いてんじゃないわよ!」


「お前かて泣いとるやん!」


「女の涙は武器だけど、男の涙は見苦しいだけよ!」




「「「確かにな」」」



「「!!?」」



今まで二人だけだった世界にいきなり声が追加されて、慌てて二人してそちらに目を向けた。


そこには、机に肩肘ついた勝呂と、燐と燐に引きずられてきたらしい子猫丸がいた。





「おいっ、子猫丸はソニックしかできなかったぜ!」


「知らないわよ!勝呂に言ってくれない?」


「俺に振るなや」


「せなら、坊も僕に振らんといてください」


「俺はバックアラウンドがやりたいんだ!!!」


「だから勝呂に!!」


「子猫丸やて」


「せやから、坊!!」








急に賑やかになった教室。本来ならば当事者であったはずの少年はその空気の中で、ポツンと一人取り残されていた。




「なんやみなさん、えらい楽しそうですやん」




しょんぼりとうなだれた志摩は不意に手の温かみに気づいて、その先を辿ってみる。先程から繋がれたままの手の平は、少し暑いくらいに熱を帯びていて、その先には真っ赤な耳をして、必死に言い合っている彼女の横顔があった。


その耳が真っ赤な理由に気づいた瞬間、不意に志摩に声がかかった。




「はよ、くっつきや。このバカップル。」


「坊…。」




同じように耳まで真っ赤に染め上げた志摩は、その言葉に大きく頷いた。





そして、いまだギャーギャーと騒いでいる彼女目掛けて抱き着くまで、あと五秒。











ヴァチカンで始まったこの恋は、京都にて終点を迎える







(好きや好きや大好きやぁぁあ!!結婚したって!!)(ちょっ、志摩!?)(志摩やのうて廉造や!)(れ、廉造…)(かいらしい…!)(結婚すんならうちの寺で式あげぇ)(ほんなら僕はお経詠みます)(なら俺はバックアラウンド…)(((そら、もうええわ!!)))




- END -




100709

企画『志摩うま』様 Mr.RULER 佐倉






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