HELLO! | ナノ










それは、とある冬島での出来事だった。








食糧供給のために立ち止まった冬島。島の名前はわからないが、このあたりじゃ一番治安がいいらしい。航海士が言うにはログも一日とちょっとで溜まるそうだから、少しだけゆっくりしようと立ち止まった島。


俺達二番隊は、船の見張りに任命されちまったから、仕方なく船の中に残ってた。掃除、武器整理、洗濯と、マルコから指示されていた仕事はすぐに終わってしまい、隙を持て余した隊員たちは、甲板に降り積もった雪で子供のように遊び始めた。あぁ、雪っていいもんだな、なんて思いながら、俺もその中に交じろうとしたとき、「エース」と聞き慣れた低い声が俺の鼓膜を震わせた。



「なんだ、親父?」


「ちょっくら街に行ってきてくれねぇか?」


「いいけどよ…、買い物か?」



そう聞き返すと、親父は後ろに控えているナースたちをちらりと見て、にやりと笑った。




「酒」


「………マルコに怒られてもしらねぇからな」


「グラグラグラ、マルコよりもあっちのがおっかねぇ」




親父は笑いながら、注射を片手に近づいてきたナースに大きな片腕を差し出した。




「あら、エース隊長。街に出るの?」


「おう」


「だったら、ちょっと頼まれてくれない?」


「なんだ?買い物か?」




「忙しくて頼み損ねた」と笑うナースから、いくつかの化粧品を頼まれたが、とても覚えられそうになかったので紙に書いてもらった。「女が出来たときに、これくらい知ってなきゃ」と軽く説教をされながら尻を叩かれ、さっさと甲板へと追い出された。


俺はそのまま甲板でたむろっている連中に二言三言話し、船を降り、街へと繰り出した。


街は船の上から見るよりもさらにふぶいていて、あちらこちらに雪の山ができていて、あたりは雪掻きに追われる人々がせわしなく働いている。



「兄ちゃん、旅の人か?」



スコップを片手に厚着をしているおっさんが、雪掻きをしながら聞いてきた。




「ああ、そうだ」


「こんな日に災難だな」


「こんな日?」


「昨日までは粉雪だったのさ。昨晩だけで、こんなに積もっちまってよ。」


「冬島って年中雪が降ってんじゃねぇのか?」


「んなわけあるか。ただ寒いだけさ。暑くなることはねぇ。それが冬島だよ。」



おっさんは、見るからに寒そうな俺の格好を見越してマフラーを貸してくれた。これでもいつもの上半身裸は自重したんだがな。青いマフラーは、まるで深い海のように綺麗な色だ。




「いいな、これ」



「やるよ。持っていきな。」



「ありがとよ、おっさん!」



「おう、いい旅をな」





治安がいいというのは、どうやら本当らしい。このおっさんだけでなく、道行く人々がみな声をかけてきてくれる。俺はすっかり気分がよくなって、ビンクスの酒なんかを口ずさみながら上機嫌で街を歩いて行った。





















すべての買い物が終わった。少し恥ずかしい思いをしながらナースの化粧品を買い、酒店に出向く。そこにはサッチがいて、どうやら料理酒を見ていたようだ。「何してんだ?」と聞かれたから、「親父に酒頼まれた」と答えると、苦笑いしながら一本のウイスキーを差し出した。それを購入し、サッチと別れて再び街を歩く。


さくさくと鳴る雪の感触が新鮮で、腕にぶら下げた袋を揺らしながら、船へと続く道を上機嫌で歩いていた。


すると目の前に、一人の少女が立ち尽くしていることに気がついた。


少女は赤いコートにピンクのマフラー、フリルのついた可愛いらしい傘を持って、何やら探しているようにキョロキョロと辺りを見渡していた。




「どうかしたか?」


「っ!?……あ、お兄さん」


「迷子か?」


「…ううん、違うの」



眦を下げ、悲しそうに顔を歪める少女に、思わず首を傾げた。





「あれ、見て……」


「ん?」



少女が道の端を指差したので、そちらに顔を向ける。そこには茶色くみすぼらしい小さなダンボール箱が一つぽつんと置いてあった。

そちらへ近づき、上から中を覗きこむと、大きな犬が一匹横たわっていた。




「こいつ……」


「もう死んでるわ」


「…………お前のか?」




少女はゆっくりと首を横に振ると、「野良犬だったの」と悲しそうに呟いた。

俺はゆっくりと犬に手を伸ばした。クリーム色の毛並みはカチンコチンに固まってしまっていて、おそらく少女が退かしたのだろう、雪がところどころに付着していた。



「わたし、ずっと探してたの。昨日から雪がひどくて。……でも、間に合わなかった。」



少女の声は震えていた。

俺は顔を上げ少女を見た。


そこで俺は少女が抱えている何かに気がついた。





「おい、それ…」


「…………子供よ」


「っ……、嘘だろ?」


「………赤ちゃん、いたの」





俺は立ち上がり、慌て少女に近づき腕の中を覗き込んだ。少女の白く重なった手袋の隙間から僅かにクリーム色が見える。それは、母親と同じ綺麗なクリーム色。



ただ、母親とは違い、その毛は凍ってはいなかった。






「おいっ、まだ生きてんじゃねぇか!!」


「でも、もう虫の息なのっ…」


「医者はっ!?」


「この街に獣医はいないわ!冬島じゃ家畜なんていないもの!」


「くそっ…!」



思わず舌打ちしながら、俺は先程優しいおっさんに貰った深い海色のマフラーを首から外し、少女の手袋の中から子供を取り出し、優しく包み込んだ。




「どうするつもりなの?」


「うちには優秀な船医がいる」


「船医?……お兄さん、まさか」




少女が顔を強張らせる。


俺は苦笑いを浮かべ、しっかりと子供を抱き直した。





「こいつは俺が絶対に助けっからよ、お前は母ちゃんを埋葬してやってくれ」


「っ!?……で、でも」


「ちゃんと助ける、約束する。」


「……っ…。」




少女はしばらく戸惑うように顔を歪めていたが、しばらくしてゆっくりと首を縦に振った。





「信じるわ、きっと助けてね」



「おう!」




少女は自分の手袋を俺のマフラーと子供の間に滑り込ませ、「お願いします」と頭を下げてきた。俺は大きく頷き、子供をしっかりと抱きしめて、一目散に走り出した。


船は目の前に見えていた。




















「なぁ、大丈夫だよな?助かるよな?」


「落ち着いてください、エース隊長。コーヒー飲みます?」


「落ち着いてられっかよ…!」






船に到着し、梯子を駆け登る。甲板では雪遊びを終えた隊員たちが雪掻きをしていた。「おかえり」と声をかけてきた隊員たちに「おう」と叫び返しながら、慌てて船室に飛び込んだ。

そこには、いまだ点滴をされている親父がふて腐れたように座っていて。俺は思わず叫んでしまった。




「親父っ…、助けてくれっ……!」




いま思えば、助けられるのはナースなのに。思わず親父に助けを求めてしまった自分に苦笑いを浮かべる。

親父は俺の抱えているものをじーっと見ると、すぐにナースを呼んでくれた。




「エース隊長、私たちは船医でもなければ獣医でもないんですよ」


「ナースって船医じゃねぇのか?」


「ナースは医師免許を持ってませんの」


「でも親父の治療してんだろ?」


「それはナースに許された医療行為であって…」


「難しい話はわかんねぇよ!」




俺が唸ると、ナースはしーっと唇に指を当て、苦笑を返してきた。俺は慌てて子犬を見る。子犬は温まったのか、先程の苦しげな表情とは打って変わって、どこか気が抜けたような表情を浮かべていた。俺も思わず気が抜ける。






「エース」





離れた場所からこちらを見ていた親父が、不意に俺の名前を呼んだ。俺は子犬から親父に視線を移し、「なんだ?」と答えた。







「その犬っころ、飼うつもりじゃねぇだろうな」


「えっ!?ダメなのか!?」


「ダメじゃねぇが…、エース、ここは"海賊船"だ」


「わかってるさ、んなもん」


「いつ死んだっておかしくねぇんだぞ」




親父の声は、真剣さを帯びていた。もちろん俺だって、ここが100%安心だなんて思っちゃいない。だけどな、








「任せろ、親父!俺は親父に二番隊の隊長を任された男だぜ?隊員の命も、こいつの命も、全部まとめて俺が背負ってやるからよ!」





親父はそれを聞くと、目をぱちくりさせて、そしてグラグラグラと笑い出した。





「さすがだな、エース!」


「おうよ!」



俺も嬉しくて、思わず笑みが零れた。








「だったら名前をつけてあげないと」


「なまえ?」


「家族なんですもの。呼ぶ際に名前がないと困るでしょう?」


「そうだな…」




ナースの言葉に頷き、一つ思案する。だが、なかなかいい案は出ないものだ。元より犬など飼ったことはないし、何かに名前をつけたことはない。





「子供だからジュニア」


「エース隊長、この子女の子ですよ」


「嘘だろ!?」


「本当です」




ちくしょう。犬はオスメスがわかりにくくていけねぇ。こういうときは人間でよかったと思うな。





「パピー」


「へ?」


「パピーがいいだろ」


「は?」


「あら、さすがパパ!」


「いやいやいやっ!」


「パピーで決まりだ」


「なんで!?」





親父は俺たちに近づくと、タオルケットに包まれた子犬の頭を撫でながら「パピー」と優しく呼び掛けた。





「親父!親は俺!」


「俺はお前の親だから、こいつの爺だ」


「何の問題もありませんわね」


「ありありだっ!」




ナースまで「パピー」と呼びながら頭を撫でている始末だ。俺は小さくため息をつきながらも、「パピー」と呼びかけてみる。


すると、驚いたことに子犬の耳がぴくりと動いた。





「!」


「反応してるわ」


「気に入ったみたいだな」


「パピー〜〜〜〜っ!」







名前のことなんざ、既にどうでもよかった。


俺はタオルケットに包んだままで、パピーを優しく抱き上げ、胸の中に閉じ込めた。



小さな小さな温かい命。

生きているこの命。





俺はゆっくりと感じる呼吸に、それはそれは大きなため息を零した。












HelloPuppy










僕らの出会いは、偶然でもあり必然でもあり、運命でもあったのだろう。

この日、僕らは家族になった!












「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -