「たいちょ、その髪うざくないんですか」
「ああ、なんやて?」
「いやぁ、私もそろそろ切ろうかと思いまして」
腰につくほどまではいかないといえども、十分に長いといえるほどに髪を伸ばしている部下は、指先に毛先を絡めながらため息をついた。
「なんや、失恋でもしたんか」
「失恋なら、毎日してます」
「は?」
驚いて顔を上げた俺を、部下は冷たい目で見遣った。
「心当たりがないなんて言わせませんよ」
「………あらへんわ」
「…さいってー」
ぶーと唇を尖らせる奴は無視して、俺は不意に立ち上がった。
「髪切るならはよ行けや、お前昼から現世行くんやろ」
「ええ、まあ…」
毛先に指を絡めたまま、部下はこちらを見向きもしない。
「はぁ……」
「何や、どうした」
「上手くいかないんですよ、ぜんぶ」
「はぁ…?」
書類を手に取り、部屋を出ようとした俺の耳に響くため息。らしくない、と思いながら見つめる俺に、彼女は苦笑いを向けた。
「やめようかな、頑張るの」
ぼそりと呟いた声は、はっきりと俺の耳に届いた。
「おいっ…」
「私だって、わかりますよ。馬鹿ですけどね。」
「お前なぁ……」
「馬鹿だから、だめなんでしょうかねぇ……」
自重気味に笑いながら、彼女は指先から髪を離した。
「現世から帰ったら、大事な話をしましょうよ。」
懐から何かの紙を取り出した彼女は、書類の束を抱えたその上にとさりとそれを置いた。
「その時にはきっと、私の髪は襟足近くになってますよ」
紙に書かれていた言葉は「移隊届」。後は俺が判を押すだけだった。
(がんばるのをやめたかった)
(ばかなわたしには、やめかたがわからなかった)
(ごめんね、たいちょ)
(だいすきだったよ、)
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