脱色短編 | ナノ








いまやもう、考えられないくらい昔。俺はたくさんの夢を見てきた。その中でも、1番くだらない夢だと思ったのは、「世界中の全ての人が幸せになりますように。」………我ながら阿呆らしい。そんなもの、もはや夢ですらないだろうに。ゆめみがちな俺は、全くと言っていいほど現実が見えていなかったらしい。それほどに愚かであった。

今でも、その愚か具合は変わっていないのでは?と言われれば少しは変わったと否定したくなる。今は現実を見てるさ、だからもう馬鹿な夢なんか見てないよ。なんて、昔の俺が聞いたら軽蔑の眼差しで見られるんだろうな。なんたって俺は、なりたくなかった大人になってしまったのだから。



まあ、そんなことをぐちぐち言っていたって仕方ない。さっさとゴミ出しに行くか。見るからにしぶとそうだ。こりゃ、不燃物だろうな。指定日は火曜日だったっけか?めんどくせぇ。





火曜日に外に放り出して、ほっと一息をついた。家に入ると、大きな車のエンジン音が聞こえたので、そっと玄関のドアを開けてちらりと外を見てみた。案の定、車はゴミ収集車だった。また、ほっと一息。車が家の前に止まったのを確認して部屋に戻った。部屋に入り、なんとなく窓から外を見てみると、なんとビックリ。収集されていなかった。

慌ててバタバタと玄関から飛び出した。見間違いかと思ったが、やっぱり持って行かれてない。一息ついた心臓がバクバクする。なんということだ、なんで持っていってないんだ。そのとき、紙が貼ってあることに気がついた。なになに、「燃えるゴミは月曜日」。



「燃えんのか、これ…」



呆然としながら"それ"をみた。いかにも燃えなさそうだ。しぶとそうだ。不燃物だ。だから火曜日に出したのに。なんで持ってってくれないんだ。





「燃えますよ、"それ"」





俺の呟きに対する返事が聞こえた。振り返ると、キャップを目深にかぶり、作業着を着た人物がいた。声からして女だろう。珍しい。




「燃えんのか?」
「燃えますよ」
「不燃物じゃねぇのか」
「いいえ、燃えますよ。灰に出来ますよ」
「……本当か。」
「ええ。燃えるゴミは月曜日です。」



女はにっこり笑ってそう告げると、さっさと歩いていこうとした。それでも俺は信じられなくて、去り行く女の後ろ姿にもう一度だけ問い掛けた。




「なあ、本当に燃えんのか」




女はぴたりと歩みを止めた。俺は縋るような気持ちで女を見つめた。女は振り返らずに言った。



「燃えますよ。あなたがそうしたくないだけなのでは?」



女は再び歩き出した。俺はもう女に問い掛けることはしなかった。そうか、燃えるのか。俺はこれを燃やしたかっただけなのか。


仕方なく"それ"を持ち帰った。同じ轍は二度は踏まない、と勇ましく決意をし、考えてみた。明らかにでかいから粗大ゴミに当たるだろう。そうか、粗大ゴミならば金を払わなければいけないのか。まあ、これを捨てるためなら金も払えるさ。


さぁ、これでおさらばだ。清々しい気持ちで収集車を待った。走り去ったのを確認して、外に出る。これでおさらばできる。ああ、よかった。本当によかった。


なのに持って行かれていない。またか?今度は何なんだ?二度も同じ轍は踏まないと決意したのに出鼻をくじかれた気分だ、と少々イライラを滲ませながら、貼られた紙を見た。「普通のゴミはゴミ袋へ」だと?




「入んのか、これ」




こんなにでけぇのに、あんなちっぽけなゴミ袋に入るっつーのか?ゴミ袋だぞ?あんな小さい袋に、これが、入んのか。





「入りますよ」





また声がした。振り返ると、やっぱりそこには以前返事を返してくれた女がいた。女は以前と同じ出で立ちでそこに立っている。そして、以前と変わらぬ声音で言ったのだ。俺は再び女に尋ねた。



「入るのか、これ」
「入りますよ」
「ゴミ袋だぞ、こんな小さな、」
「入りますよ、"それ"3,000個ぐらい」
「………本当に、入るのか」
「ええ、入ります」




女はまたにっこりと笑った。俺は呆然と女を見ていた。女は今度はすぐには去って行かずに俺の視線を受け止めるように笑っている。俺は何度も尋ねたくて口を開けようとするが、言葉が出てこない。喉まで出かかっているというのに。言いたいのに、尋ねたいのに、……言えない。女はそんな俺の気持ちがわかったのか、しばらく俺の顔を見つめて静かに言った。





「大きくあって欲しいだけなのでは?」





ああ、俺はこれを処理できるのだろうか。女はまるですぐに片付けることができるゴミだ、と言うけれど。これは本当にそんなに片付けることができるゴミなのか?いや、待てよ。そもそもこれってゴミなのか?まさか、いや、もしかすると。認めたくはないけれど、これ違うのか。ゴミじゃないのか。






「いいえ、ゴミですよ」





女は俺の心の声が聞けんのか。ふざけんなよ。てか、ゴミなのか。結局はやっぱりゴミなのか。いや、認めたくはなかったから別に構わないんだが、ああやっぱりゴミなのか。ああ、そうなのか。やっぱりゴミなのか。




「"それ"、邪魔ですよ」
「うるせぇ」
「放っておいたら、もはや公害です」
「わかってる。月曜日に捨てりゃいいんだろが。」
「あら、"それ"捨てるんですか?」
「は?」
「捨てるんですか、"それ"」
「………捨てるに決まってんだろ」




だって安心できないんだ。これがあるから眠れない。毎日毎日、代わり映えのない日々を嫌うかのように"これ"は存在を誇張してくる。だから、捨てなきゃいけない。もう疲れ果てたのだ。こんなゴミ、さっさと捨ててやるよ。ほら、早く、捨ててやるさ。





「捨てないのなら違いますよ」





女は"それ"を簡単に拾いあげると、腕の中に抱き込んでこちらへと振り返った。顔は笑顔のまんまで。そして再び言葉を綴る。




「持ち主は君でしょう?」
「…ああ、そうだ。だけど、俺は、」
「持ち主がいるのなら違いますよ」
「な、にが…」
「持ち主がいるのなら、ゴミではありませんよ」
「……な…。」
「捨てないのなら、持ち主がいるのなら、"それ"は夢ですよ」
「………ゆ、め?」
「ええ、そうですとも。」










"あの日からずっとずっと夢のままですよ"











あの日っていつだ。それは、いまやもう考えられないくらい昔。俺がたくさんの夢を見ていた時。「世界中の全ての人が幸せになりますように。」これだけではない。俺は些細な、ちっぽけな、くだらない夢をたくさん見てきた。ああ、くだらない。本当にくだらない。


ああ、くだらないのはどちらだ?


くだらないと一言で言い切ってしまう俺を、くだらない、と見捨てずに今日までついてきてくれたのは誰だ?ああ、本当にくだらない。俺はくだらないな。あんたたちは、ずっとずっと夢のまま、俺についてきてきてくれていたのに。あの日から、ずっとずっと。

違うな。そうだな。あんたら、ゴミじゃねーよ。持ち主は、俺だ。捨てないさ、捨てられない。あんたら、俺の"夢"だよ。







「君のゴミが夢と化して、はや幾星霜なわけなんですけどね、」

「燃やせねぇし、粗大だ。味が出てきただろ?」

「そんな訳ないでしょう。あの日からずっと変わらないんですから。」




ははは、と笑い出した彼女は、そういえば誰だったっけ。「私もあなたの夢ですよ」なんて笑いながら答える女は、本当に俺の心の中が読めるのか?…まあ、いいか。ああ、持って行かれてなくてよかった。















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