脱色短編 | ナノ










「怒ってるの?」


「怒ってへんわ」


「着信、入れてたでしょ?」


「怒ってへん言うとるやん」





電話越しに聞こえる少し苛立ったような声が、私の鼓膜を震わす。怒ってない、って言ってるくせに怒気を含んだその声が私の身体を痺れさせる。

雑音だらけの周りの声に紛れていたって、あなたの声だけはわかるの。どうしても反応しちゃうの。もっと、もっとって。



「お前、どこおんねん…」


「どこって……」


「………」


「…お、お店にいるわ」





嘘。


今は、何のパーティーかもわかんなくなっちゃうくらい人がわんさかいる誰かの誕生会に来てるの。キラキラ光るシャンデリアに、うるさい室内に響くサックスの音。


抜け出した私を探す男が目に入り、思わず影に隠れてしまった。



「……お前の店、パーティーでもやっとんのか?」


「…うん」


「……」


「ごめ、ん」



だけど、切りたくない。まだ、繋がっていたい。あなたには会えないけど、あなたの声を聞いていたくて。




「わかった」


「っ……」


「明日、店まで行く」


「…うん」


「ほな、」


「うん」


「…………身体冷さんと、暖まって寝や」


「…あり、がと」






真子は知ってる。

いま、私がどこにいるのか。

いまから、何をするのか。

真子は知ってる。



知ってるのに、何も言わないから。







「(ごめんなさい…)」




声にならない叫びを抑え、ぎゅっと携帯を抱きしめた。

先程まで聞こえていたはずの温かな声はもう聞こえない。

お願い、あとちょっと。
もう少し、聞いていたいの。


無言の携帯さえも憎らしくて。


思わず床にたたき付けたい衝動に駆られた時、ふと目の前に影が差した。







ゆっくりと、顔を上げた。













「探したよ」


「……うん」


「さあ、行こうか」


「……うん」














王子様なんているわけない















疲れた肌にコットンを滑らせて、塗りたくった化粧を落としていく。先程までの行為のせいでけだるさの残る身体に鞭を打ち、やっと自宅にたどり着いたけど、もう限界。


化粧を落とした時点で、力尽きた私はベッドに倒れ込んでしまった。




ああ、真子が暖かくして寝ろって言ったのに。



私の部屋には、私の身体を温めてくれる毛布もない。

何もない。


何も。


何もないんだから。





「寒い、よ………」




真っ赤に光る赤い爪


露出の多いピンクのドレス


限界まで盛られた金髪






あなたのようになりたくて染めた金色なのに、どうしてこんなに汚いの?







「寒、い………」





寒いのは毛布がないからじゃない。


また、朝は来るんだ。


冷たい身体にだって、朝は来るんだ。


誰も待ってなんかいないのに。



どうせ独りぼっちなのに。








それなら、一生目が覚めなければいい。








夢を見よう。



ネイルを落として綺麗に整えられた爪であなたの頬に触れる。

真っ白のワンピース。ううん、花柄の方がいいかな。

足元は高いヒールなんかじゃなくて、茶色のブーツがいいな。

あなたの隣に並んだとき、ちょうど肩あたりに届く高さで十分なの。

ピンクのリップグロスを唇に塗って、あなたとちゅーしたい。

真っ赤な口紅で嫌がられないように。

そして、最後は………、


















「今夜、空いてる?」


「…えと、今夜は」


「綺麗な夜景の見えるレストランがあるんだ」


「…そうなの」


「部屋も、もう取ってあるから」


「…………」





気づいたら店に来ていた。意識なんてなかった。


バッチリ化粧が施された偽りの私の顔が、痛い笑顔を浮かべている。


真っ赤なネイルが、

真っ赤な口紅が、

真っ赤なドレスが、


私をいつまでも彩っていく。






夢は夢のまま。


どうせ私には夢でしかない。







こんな私じゃあなたの隣にはいられない。











「指名入りました」




ボーイの声に顔を上げると、不服そうな客の顔が見えた。




「ごめんなさい、また今度誘ってくださる?」


「……わかったよ」


「楽しみにしてるわ」


「ああ、僕も」





最後にニッコリと微笑んで、私は席を立った。







あなたに会いたい。


会いたくて、会いたくて。



心が、ずっと痛いよ。












「お待たせ、しまし、た…」



「よう」



「………こん、ばんは」







ねえ、あなたにとっての私って何なのかな?


あなたから見たら、私はただの遊び慣れた女なのかな。

やっぱり、あなたも遊びなのかな。

特別な存在にはなれないのかな。


この想い、言えないままなのかな。









「…昨日は、暖かくして寝たんか?」


「………うん」


嘘。

あなたがいなかったから、とてもとても寒かったよ。




口元に運ばれた煙草にそっと火を点す。

近くなった距離に、胸が高鳴る。



だけど、心は痛いままで。










「煙草が落ちるまでや」


「え……、」



だんだんと減っていくあなたにくわえられた煙草を恨めしそうに見ていたら、あなたが小さな声で呟いた。

小さいトングで掴んでいた氷をガラスのコップにカランと転がし、あなたの言葉に耳を傾ける。





「なあ」


「ん」


「今夜、どっか行かへん?」


「いいよ」





なんだそんなことか、と再び氷を掴んだところで、ガシッと腕を捕まれてしまい、氷が床に滑り落ちてしまった。



「"そういうこと"なんやで?」


「………わかってるよ、子供じゃないんだから」




苦笑いを返しながら、私は立ち上がり氷を拾いにいった。



わかってるよ。別にあなたとするのが初めてなんかじゃないんだもの。


ただ、本音を言えば、……


あなただけは違うんだって、


そう思いたかったのかもしれないね。










「アフターです。」


「お疲れ様です。」


「お疲れ様でした。」




ボーイに断って、店を出る。


真っ赤なドレスにミンクのコートを羽織って、今だけはあなたの腕に私の腕を絡める。

いつもならなんとも思わないこんな行為だって、あなたなら別。

自然に顔に熱が集まって、あなたの顔なんて見れないのに、あなたが私の顔を覗き込んで笑うから。


また真っ赤になっていく。






ああ、これは夢かしら、


夢なら覚めなければいいのに。




固く目を閉じていれば、私の幸せは続いてくれるかしら。



だったら、だったら、私は、











王子様が目覚めのキスをしてくれるまで、ずっとずっと眼を閉じているのに。



























「しん、じ……」


「………」


「寝てる、の……?」


「………」




朝はまだ来てない


でも、私の夜は終わった。






情けないことに失神してしまっていたらしい。でも心なしか、グッスリと眠れたようで、身体が軽かった。

いつもはけだるいのに、なんだかフワフワして。


まるで、"ただの女の子"みたいで。








「しんじ……」




あなたのようになりたくて、髪を金髪にした。

『とても綺麗な色ですね』って言ったら、『ほんならお揃いにしたって』って言うから。

冗談だったらどうしよう、って、私ね、ドキドキしながら金色にしたのよ。

そしたらあなた、『よう似合っとる』って笑うんだもの。


………すごく、嬉しかったな。



金髪にそっと指を通してみると、思った通りサラサラだった。

いいなぁ。

私のは偽物だから、痛み過ぎて指なんか通らないのに。


こんなサラサラヘアー女の子でもなかなかいないよ。


もしかして、私が知らないだけ?



外の世界の女の子たちはみんなみんなかわいいのかな。













私の知らない世界で、



あなたはかわいい女の子たちに囲まれて、



私に向けた

その太陽のような笑顔を浮かべていて……っ……

















「そんなの、やだよぉ……」












あなたの頬にぽたりと落ちた。













隣に居て、笑っていたい。


かわいいって、言ってもらいたい。


ギュッと手を、握っていてもらいたい。


















「愛してる」、て、


言って…っ………



















「………それがお前の手口なんやな」


「…っ!?」


「思わせぶり、か?」


「……あっ…」




ガバッと起き上がったあなたを呆然と見つめてしまう。

先程までサラサラな髪に触れていた指は行き場を失い、空中に宙ぶらりん。








「なあ、……俺な」


「…………」


「お前がわからへんのや」


「…………?」





そっと近づいたあなたの手の平が私の頬を優しく包み込んだ。

その手の平の中に、涙が吸い込まれていくようで。

冷えた身体がどんどんと熱を取り戻していく。









「甘えてきたかと思うたら、いきなり悲しそうに見とるし」






泣き止んだ私の頬から手を滑らせ、あなたのあったかい手の平は後頭部に回った。








「誰にでも身体は許すし、せやかと思えば他の奴のアフターは断っとるし」





グイッと力強く引き寄せられて、私の視界はブラックアウト。











「迷路みたいや……」









ああ、なんてあなたはあったかいの?


















「なあ、」


「……ん」


「……お前な」


「……ん…」


「………本当は、」















ずっと一人で泣いとったんやな


















「…っ……」


「一人は嫌いか…?」


「…んっ」


「思わせぶりなんか…?」


「……ちがっ」





嗚咽で言葉が上手く出てこない。


身体が強張って首が動かせない。









「………俺のこと、好きか?」














もう手遅れよ。


こんなところまで踏み込んできたんだもの。



ただじゃ、帰してあげないわ。
















『このままじゃ哀しいでしょ』
















私は一度だけ、首を横に振った。








そして、悲しそうなあなたの顔に唇を寄せて、そっと囁いたの。















「好きじゃなくて、愛してる」









痛い立ち位置の

危うい恋が炎上しました。














101006




<< >>


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -