君が嬉しそうに泣くから
今日は雨がひどい。
いつものように彼女をチェスに誘おうとヒョッコリ執務室に顔を出したのだが、彼女の席は空席になっている。
「あれ?」
周りをキョロキョロと見渡したのだが、彼女の姿はどこにも見当たらない。
「ねぇねぇ」
仕方なく、彼女の席の隣に座っている四席に尋ねてみた。
「彼女、どこに行ったか知らない?」
「彼女?」
僕が指差した方向を見た四席は、眉間に皺を寄せて、嫌悪感を現にした。
「あぁ、彼女だったら沢山の書類を抱えて出て行きましたよ」
「あぁ、そう」
こんな雨の中、ご苦労様だ。
「ありがとね」
「いえ…」
再び書類に目を戻し、筆を動かしはじめた彼を見て、僕は執務室を出ようと振り返った。
「感情が顔に出るようじゃ、君も当分出世は望めないだろうね」
「………っ!?」
聞こえたのか聞こえなかったのかなんてどうでもいいよ。
ただ、なんとなくムカついて厭味が言いたくなっただけ。
僕は真っ赤な番傘を広げると、土砂降りの雨の中を飛び出した。
しばらく歩いたが、周りにはほとんど人がいない。たまにすれ違う隊士もいたが、大きな荷物を持っていたり、大事そうに書類を抱えていたりと、なにやら忙しそうだった。まぁ、忙しくなければこんな雨の中、外に出てくるわけがないのだけど。
そしてすれ違った隊士は、皆驚いた表情を浮かべ、慌てて頭を下げる。確かに、こんなところに隊長が一人でいるのは珍しいのか。
僕は軽く手を降ってまた歩き始めた。
雨は一向に止む気配を見せず、それどころか雷まで鳴りはじめた。
本当ならば、こんな日に外に出るべきではないのだろう。
いつ雷に当たってもおかしくはないのだから。
でも、なんとなく。
彼女を見つけないといけない気がして。
死覇装の裾が跳ね返った水でぐしょぐしょに濡れている。それどころか、泥まで付いている始末だ。
こんな格好、普段だったら許せないのに。なんだか、今日は、彼女のためだし仕方がない、と思えてしまう。
「本当、困ったなぁ…」
まるで自分が自分じゃないみたいだ。
小さくため息をつくと、微弱ながら乱れている彼女の霊圧に気がついた。
何かに怯えているかのように震えている霊圧。
それを辿っていくと、大きな大きな木があった。
そして、その木の根元には、小さく小さく膝を抱えて座り込んでいる彼女の姿があった。
傘なんてもっていないから、全身びしょ濡れで。
近づこうとしたときに、近くに大きな雷が落ちた。
彼女は身体を跳ね上がらせて驚き、耳を塞いで、さらに身体を縮こまらせた。
(あぁ、雷が怖いのか)
いつもと違う彼女の一面が見れた気がして、なんだか嬉しくなった。
「もう大丈夫だよ」
そっと彼女の頭を撫でると、彼女はビクリと身体を震わせて、怖ず怖ずと顔を上げた。
「たい、ちょ……?」
「うん、迎えに来たよ」
「たい…ちょう……」
「うん」
彼女の方に傘を傾け、着ていた隊長羽織を肩にかけてあげた。
「ごめんね、遅くなって」
「……っ…」
ふるふると無言で彼女が首を横に振る。
そして再び彼女の頭に手を伸ばそうとした時、彼女の表情に気づいて絶句した。
君が嬉しそうに泣くから僕は思わず伸ばした手を引っ込めて、君を力いっぱい抱きしめた
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