君が楽しそうに話すから
意味のない人生なんてない。
そんな言葉を貰った私は、意味のある人生なんて送ってきたのか、なんて言われてしまえば、答えはノー。
お世辞にも、綺麗な生き方なんてしてこなかった。
「白のナイト」
「これかい?」
「そうです、その馬みたいなの」
夕日が沈みそうな時刻。暖かなオレンジに包まれたこの部屋に、椅子に座って向かい合って座る影が二つ。目の前に置かれた白と黒のチェックの板。その上に置かれた様々な形の駒たち。
「次は?」
「白のクイーンを二つ右に」
「これで黒のポーンを取るの?」
隊長の細くて白い綺麗な指が、駒を摘み、右に二つ動かした。
「いえ、それは囮です。」
私がそう言った瞬間、隊長は驚いたように駒から手を離した。
「囮なの?」
「囮です」
私は白のキングに黒のナイトを近づけてみせた。
「チェックメイトです」
しかし、このままではキングはナイトに取られてしまう。
「隊長、クイーンはそのままで白のナイトを戻してください」
「うん」
隊長が白のナイトを元に戻し、黒ナイトが取られてしまった。
しかし、私は黒のポーンで白のクイーンを取る。
「クイーンを犠牲に、キングを守ったんです」
「なるほどね、………でも」
隊長は、次のターンで私の黒のクイーンを狙えたのに、敢えて白のナイトで黒のポーンを取った。
「女の子を虐めるのはよくないだろう…?」
「…………」
私は無言で、黒のクイーンで白のナイトを取った。
「あああああっ!」
「そんな甘いこと言ってると逆襲されるんですよ」
隊長はいつもそう。射場副隊長に小言を言われても、へらへら笑ってまるで他人事のように振る舞っている。だから、部下や他の隊長さんたちから馬鹿にされるんだ。
しかも「ローズ隊長」なんていかにも馬鹿そうなニックネームまで付けられてるし、本当に威厳とかに無縁な隊長なんだと思う。
「チェックメイト」
「あああっ」
黒のナイトで白のキングを狙う。もう彼の駒には、白のキングを守るものはいない。
「ま、参りました…」
隊長がうなだれるのを見て小さくため息をついた。
この人は毎日毎日飽きないものだ。夕方になり、手が空くと、必ず私を呼んで、チェスに興じている。どこから持ってきたのか、とても立派なチェス板を準備して。
「もう一戦だけ頼むよ…」
「勘弁してください。射場副隊長がもうすぐ帰ってきます。」
あの副隊長に怒られてへらへらと笑っていられるのなんか、きっと隊長だけなんだから。
「そっか…」
小さく呟いてチェス板を見つめる隊長は、本当に子供のようだった。
「片付けますよ」
「あぁ、うん」
チェスの駒を綺麗に並べると、白と黒の色合いが荘厳で。いつも思うのだが、こんな立派なもの、どこで手に入れたのだろうか。
そんな疑問は口には出さず、私はチェス板を抱え、端に置いてある椅子に置いた。
「それでは、私は職務に戻ります」
隊長の前まで戻り深くお辞儀をした。そして、振り返り隊首室の扉まで歩く。
そして、扉を開こうとしたところで声が掛かった。
君が楽しそうに話すから「明日も頼むね」
「…………はい」
あなたがあまりにも楽しそうに言うから、私は「はい」以外の返事ができない。
100812
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