幼心の残る君 | ナノ












「出て行きなっ!あんたたちみたいなのに売る団子なんて、うちにはないよっ!」





店に近づいた時、怒り狂ったあいつの声が聞こえ、驚いて視線を向けると、若い男二人組が蜘蛛の子を散らすように店から逃げていくのが見えた。

あいつは、着物の袖をまくりあげ、腰に手を当て、目くじらを立てている。相当、ご立腹のようだ。





「おい、どうした」


「あ、拳西…、いらっしゃい」




俺に気づき振り返ったあいつは、いつもの元気な笑顔とは違って、力無く微笑んだ。


ズキン、



なんとなく、胸が痛む。

おかしいだろ、俺。

最近、なんか変じゃねぇか。







「いらっしゃい」


「おい、今のは…」


「なんでもないよ」



なんでもなくない表情で笑うあいつの言葉に説得力なんてもんはない。

しかし、無理矢理聞くのもアレだと思い、いつものと呟き、腰掛けに座った。





いつもの笑顔がないだけで、なぜかこんなにも落ち着かない。







奥に引っ込んでいったあいつの後ろ姿を見ながら、なんとなく嫌な予感がした。


そう、それはただの予感。


なかなか外れないのがたまに傷だが。















「なあ」


「ん?」



いつものように、団子と熱い茶を持ってきて、隣に座ったあいつは、足をプラプラさせながら俺を見上げた。





「お前の先代の、」


「親父さん?」


「ああ、先代の客」


「ああ……」


「護廷十三隊にも、お抱えがいたとか」


「いたわねぇ…」


「………経営は?」


「相変わらずの火の車よ」



苦笑いを浮かべながら困ったように笑うあいつ。いつもなら、ここで会話はストップさせるのに、今日は一歩。余計な一歩を踏み出した。








「なんで、常連客は逃げてったんだ」





”逃げていく”という表現が正しいかはわからないが、あいつはそれを言っても表情一つ変えないから、おそらく本当に逃げられたんだろう。


相変わらずの苦笑い。でも若干目を細め、まるでこの境遇を憂いているかのようにも思われた。






「ねえ、拳西」


「なんだ」


「時の権力者というのは怖いものなのよ」


「権力者?」






憂いていた表情のまま、そっと俯くと、力無くため息をつき、呟くように言った。







「立ち退きを命じられてるの」






もう、随分前からね




言ったその声は、随分と弱々しくて。


観念したように呟いたきり、あいつは顔を上げなかった。






随分前っていつからだよ。

まだ先代が健在の頃か?

それとも、俺がこの店を発見する前か?



いや、あの強気な先代が安々と立ち退き問題なんざを放置しとくとも考えらんねえし…。


だったら先代が亡くなってからか…。









「先代は…、」


「親父さんがいなくなってから」


「……そうか」


「親父さんは顔が利いてたから、立ち退きなんて言えなかったんでしょうね」


「………」


「随分とナメられたもんね、私は」





空元気で笑うあいつ。

でも、次第にそれも元気を失い、力無く顔を伏せた。




そして聞こえる、顔を覆う手から漏れるくぐもった声。






「もう、だめよ……」


「んな弱気に…」


「だってっ…」


「諦めるな。んなの、いつものお前らしく…」


「いつもの私って何よっ!!」



叫びと共に勢いよく立ち上がると、俺を上から見下ろす形で睨み付けながら再び叫ぶ。



「いつもの私?あんたが私の何を知ってるっていうの!?」


「………」


「あんたには関係ないじゃないっ……」


「………」


「………あんただって」


「………」


「…どうせ、いなくなる」


「………」



声が憔悴していくのとともに、地面にしゃがみ込んで肩を震わせていた。














「……なぁ、」


「…………。」


「…お前にとって、俺は"その程度"か?」


「…っ」



ガバッと顔をあげたお前の頬には涙すら伝ってはいなかった。




「店が潰れたら、はい、さようなら。」


「……ちがっ」


「んなことするやつだと、お前は思っていたんだな」


「……違うっ!」


「何が違う…」


「ちが…ごめん、なさい……」


「………」




何に対しての謝罪なのか。


そんなもの、わかりたくもなかったので、力無く立ち上がったお前の身体を、勢い良く引っ張り、自分の胸の中に閉じ込めた。







「………俺は頑固だ」


「…っ……」


「一度決めたら浮気なんざしねぇよ」


「……けんせっ」


「だから安心して火の車になってろ……」


「………やだ、よ」






あはは、と胸の中で笑うお前は、しっかりと死覇装を握りしめていて、少しだけ震えていた。


思い切り泣けばいいのに。

助けてくれと泣けばいいのに。



お前は泣くことが罪とでもいうかのように、強情に顔を引き攣らせている。







「安心しろ」


「……ん」


「お前の店は俺が守ってやるから」


「………あり、がと」












汚い泣き方


涙の流し方を忘れてしまった











「なんで泣かねぇ」
「だって、親父さんが見てるもん」
「親父だ?」
「私がぴーぴー泣いてたら、親父さんが成仏できない」
「虚になるってか」
「親父さん、きっと大虚になるわよ」
「………否定できねぇな」