2013 | ナノ





彼が行ってしまった。

私には何も告げることもなく、さも当然かのように京都へと進学していった、彼。

勝つことは呼吸をすることに等しい、と。生まれながらにして人を見下ろす立場に立っていた彼ならば当然の言葉だった。だからといって強豪校の洛山に行ったんじゃない。彼はそんな自分の価値を計るような真似はしない。しかるべきだからそうしただけ。



「なんでなまえっちは洛山に行かなかったんスか?」

「あのねぇ、黄瀬。選手でもなんでもないただの女がひょいひょい京都まで行けるわけないでしょ。」

「そういうもんっスか?」

「そういうもんだよっと」


パンとタオルを叩いて広げる。何十人もの部員を誇るここ海常高校だって立派なバスケ強豪校だった。後ろでぼーっとスポーツ飲料を啜る黄瀬とはもう三年目の付き合いだ。

私に残された選択肢は、黄瀬の海常か、緑間の秀徳、そして青峰とさつきの桐皇くらいだった。ただの何人もいる帝光のマネージャーの一人であった私だけど、どうしてもバスケから離れることは出来なくて、今もこうして海常のマネージャーをしている。



「だったらなんで海常に来たんスか?あっ!もしかしてなまえっち!俺のこと…」

「桐皇はさつきがマネージャーとして活躍するだろうし、秀徳は一般入試じゃとても私が受かるような高校じゃないもん。つまり、消去法!」

「残念だったな、黄瀬。」

「うわっ、笠松先輩…」

「お疲れ様です、笠松先輩。タオルどうぞ。」

「悪いな、#苗字#。休みだったのに来てもらって。」

「いえいえ。先輩が自主練しているのに、働かないわけにはいきませんから。」

「けど、他のマネージャーなんていないじゃないっスか。」



辺りを見渡したって、私と黄瀬、そして笠松先輩しかいない。当たり前だ。だって今日は部活休みの日で、根っからのバスケ馬鹿なこの二人くらいしか自主練なんかやってないし、選手がいないコートにマネージャーがいるわけもないから。


「真面目だな、#苗字#は。」



その言葉にぱっと顔を上げる。


「ほんとに真面目すぎっスよ、なまえっちは!」



黄瀬の笑顔が、彼の微笑みと重なった。



「なまえは本当に真面目だね。」



あのときの彼の言葉と重なった。
私は思わず同じ返答を繰り返していた。



「それが私の唯一の取り柄ですから。」







夕日が沈む。

前を歩く黄瀬と笠松先輩は、高校生らしくふざけあいながら楽しそうにはしゃいでいる。彼らだって、天才だ、エースだ、なんて言われながらも普通の高校生なんだなあ、と思えておかしかった。そんな彼らを見守る毎日も悪くない。そんな風に思いながらも、やっぱりどこかで彼の陽炎を探す自分がいる。



「あ、なまえっち!」

「ん?」

「赤司っちとは連絡取ってるんすか?」

「ん…んー…」

「え!?取ってないんスか!?」

「なんで黄瀬、興味津々なの?」

「だって、だって、だって!笠松先輩だって気になるっスよね!?」

「いや全然」

「え!?」



その手の話が苦手な笠松先輩はぷいっと顔を逸らし、その姿を見た黄瀬がからかいにかかる。


黄瀬が言うのは最もだ。

あの赤司が付き合った女。

どんな女かと蓋を開ければ、さつきみたいな得意技も持ってないし、美人でも巨乳でもない、平々凡々な女だから、みんなにがっかりされる。


だから、唯一の取り柄の真面目っぷりを彼から褒められたときは本当に嬉しかった。



でも、彼にとってのその言葉は褒め言葉でもなんでもなかった。





「ねぇ、黄瀬。」

「はい?」

「ラブレター書いたことある?」

「え、ないっスよ。」

「ふーん。笠松先輩は?」

「あ、あるわけないだろ!!!」



ぽかんとした顔の黄瀬と、顔を真っ赤に染める笠松先輩。




「私は貰ったんだ、ラブレター」




電子機器が発達したこのご時世に、彼が私に送ったのは、電子メールでもなく、電話でもなく、たった一通の手紙だった。



洛山に進学するって。そう告げられて、何も言えなくて、でもとても辛くて。共に行けない私は、何も言わなかった。


最後の見送りの日に、彼に送られた言葉。真面目に最後まで見送りに来た私に送った言葉。

















きょとんとした私を見て、彼は優しく微笑んだ。



「意味は教えないよ。どうとでも取ればいい。でも僕は真面目なだけの人間にこんな言葉は送らないよ。」





彼から貰ったものは、それだけだった。







「結局それなんなんスか?俳句っスか?」

「百歩譲って短歌だろうが」

「なんでもいいっスよ!意味は?どういう意味なんスか、なまえっち!」

「さあ?私には征十郎が何考えてるのかわかったことなんてないもん」

「なんスかそれ!」


黄瀬が不満そうに頬を膨らませるその仕草に苦笑いが浮かぶ。でもそれと同時に、自分の口から自然と彼の名前が出てきたことに嬉しくなってしまった。



崇高な彼の言葉を理解できたことなんてない。でも、この和歌を調べて意味を知ったとき、自然と涙が流れてしまった。



僕は行くけれど、

君が"待ってる"っていうのなら、

すぐに帰ってくるよ





彼らしい婉曲的な表現は、わたしの心にすとんと落ち着いた。








「やっぱりちょっと寂しいけど、わたしいまの生活に不満はないよ。」

「え!?それってやっぱり俺がいるからっスか!?」

「あんまり思い上がらないで、黄瀬。」

「スミマセンデシタ」



肩をしょぼんと落とした黄瀬の背中をばしばし叩く。こうやってふざけあう毎日だって、帝光にいたあのときと同じように輝いてる。


隣に彼はいなくても、私には彼の言葉がある。




ねぇ、私、待ってるよ。

あなたのためになんて、真面目なだけの答えを返すつもりはもうないけど。

私、待ってるから。


でも、あんまり待たせてると、
女は怒ってそっぽ向いちゃうよ。

だから、

早く帰って来てね。










130106

企画「いまむかし」様  Mr.RULER 佐倉



 



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