偕老同穴 | ナノ





それは意識もしていなかった。






「エース、お前あれどうしたんだよ」


「んー?」


「キーホルダー、ルフィとおそろいのやつ。」


「んん!?」




財布を見るとキーホルダーがない。ルフィとサボと揃いで買ったやつ。食い物の食玩みたいなやつで、サボがスパゲティー、ルフィがハンバーグ、俺がカレーライス。変にリアルだからおもしろくて三人で揃いで買ったものがいつの間にか失くなっていた。



「やべっ…落としたか!?」


「うわーさいてー」


「えっ、ちょ、まじで?」


「つーか、お前どけよ。俺にコーヒーを買わせろ。」


「やべぇぇえっ」


「うるさい」




自販機の前で財布を片手に絶叫。サボはそんな可哀相な俺を無視して悠々とコーヒーを買っている。やばい、これがルフィにバレたら何言われるか。ていうか、俺が嫌だ。俺だけ仲間外れなんて嫌だ。




「早く買えよ、後ろつっかえてんぞ」


「え?」



慌てて後ろを振り返ると、女の子が一人、眉間にシワを寄せて不機嫌そうにこちらを見ていた。



「わ、わりぃ」


「いえ」




とりあえず適当にコーラを買い、自販機の前から避けると、彼女は軽く会釈をして前に進んだ。スカートは短くブラウスも前が大胆で、髪は綺麗な金髪で、いわゆるギャルってやつか、なんて思いながら彼女を見遣った。財布からお金を出しすぐにブラックの缶コーヒーを買う。顔を上げた瞬間、バチッと目があった。



……かわいいじゃん。





「おい、エース。聞いてんの?」


「え、あ?」




思わず彼女に見とれてサボの言葉なんか全く頭に入っていなかった。




「キーホルダー、どうするよ」


「どうするもなにも…」



失くしたものは仕方がない。探したいところだが、心当たりなんてまるでないから探しようがない。



「そのうち買い直す」


「まじで?」


「まじで」


はあ、と深いため息をつきながら教室へと向かう。すると目の前を例の彼女が歩いていた。




「サボ、あいつ知ってっか?」


「ん、ああ。隣のクラスのみょうじさんだろ。ギャルで有名。」


「有名?」


「一時期まじでやばかったらしいけど、最近改心してむちゃくちゃ勉強してるらしいよ。」


「へー…」




彼女はなぜか教室に向かわずに階段で下へと降りて行った。











夕方。何となく諦め切れずに一回だけ探してみようと思い、教室を隈なく探してみた。だが、やはりというか、成果は上がらなかった。どこで落としたかなんてサッパリ検討がつかない。いつまでぶら下がっていたのかも覚えてない。もうお手上げだ。




「はあ…」




再び深いため息をつき、俺は立ち上がり帰ろうと鞄を掴んだ。



その時、ガラガラと音を立て教室の扉が開いた。おもむろに視線を向けると、そこにはなんと自販前にいた彼女がいた。





「……あー、俺以外は帰ったぜ?」


「うん」




彼女は俺の姿を認めると、そろそろと近づいてきた。




「これ、君のじゃない?」


「え?」



彼女がぱっと目の前に翳したのは間違いなく俺のカレーライスキーホルダーだった。彼女は無表情にそれを差し出している。



「これ、どこにっ…」


「中庭。君、よく昼寝してるでしょ。」


「なっ…」


「自販前にいたとき話聞いてたの。どっかで見た顔だと思ったら、よく昼寝してる人だと思って。」


「それで、わざわざ?」



探してくれたのか?



先の言葉が続かなかったが、彼女はみるみるうちに顔を真っ赤にした。なんだか彼女が中庭で探し物をしている姿が似合わなくて思わず吹き出してしまった。



「ちょ、」


「わ、わりぃ。まじ、ありがとな!」


「……うん」



彼女は若干不満そうに俺の手の平の上にキーホルダーを乗せた。そうか、あの時眉間にシワを寄せてこちらを見ていたのは、俺の顔を確認していたからで、あの時階段を降りていったのは、中庭に行くためだったのか。



「でも、なんでこんな遅く?……まさか、放課後まで探してくれてたのか!?」


「ううん、君の教室がわかんなかったから」


「なんだ、よかった…。俺のクラス、誰に聞いたんだ?」


「マルコ先生」



彼女が小脇に抱えていた数学のノートを示してみせた。



「質問ついでに聞いたら君じゃないかって、クラス教えてくれたの」


「よくわかったな」


「特徴言ったら即答だったけど」


「…お前、何言ったんだよ」


「別に。カレーライスが好きでコーラを買う黒い髪のそばかすの人って。」


「別にカレーライスが好きなわけじゃねぇしっ!」



俺が必死になって叫ぶと彼女がぷっと吹き出した。その表情がまた可愛い。




「変な人。じゃ、私はこれで。」


「あ、待てよ、俺エースっていうんだ。お前は?」


「…なまえ」




振り返った彼女が緩く微笑む。その瞳が優しく細められていて思わずドキッとしてしまった。




「クラス、隣だよな」


「うん」


「これから、よろしくな?」


「う、ん?」



不思議そうな顔をした彼女は軽く頷くと、そのまま教室を出て行ってしまった。


後に残された俺は彼女が出て行った扉をぼんやりと見つめたまましばらく突っ立ったままだった。



「なまえ、か…」



彼女の微笑む顔が頭から離れない。胸の動悸が激しく収まらない。やばい、おれ、なんかすげーやばい気がする。



あの時はまだ、これが長く続く片想いなんて、思ってもいなかった。






愛と呼ぶにはまだ足りない









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