4月2日のさようなら
エイプリルフール話。


今日は一年で一番人が信じられなくなる日である。街中に小さな嘘が溢れている。道を歩いているとき、すれ違った男子高校生の一人が、大きな声で騙された!と喚いていた。

喘ぎ声の聞こえる部屋で今日あったことをぼんやりと考える。要は現実逃避というやつである。

行為が終わったのか、けだるげな情事後特有の色気を振り撒いて 扉から一応おれの彼氏という奴が出て来た。

「今日は女?男?」
「……女」

最初浮気現場に着いたときは、泣いて喚き散らしていたが、こう何回もやられると人間は冷めて来るものである。

「ふーん。最近女抱いてねえなあー」

煙草をふかして独り言を呟くと、煙がうっとおしいのか顔をしかめおれを睨んで来る。
はいはい、とベランダで煙草を吸うために腰を上げた。
彼の住んでいる部屋はマンションの7階にあるため、なかなかいい景色が見える。すっかりあたりは日が暮れて、一番星が輝いていた。

ぼーっとそれを眺めながら煙草をふかす。随分長い時間いたのか、赤みがかった空は色の重みが増していた。

「夜だなー」

がらり、と窓が開いた音と共に腕が引っ張られる。

「何だよ」
「いつまでいるつもりだよ、お前」

彼の手が暖かく感じることから、おれはよっぽど長いこと外にいたらしい。

「女は?」
「…帰った」

濡れた髪をかきあげめんどくさそうに呟いたのに相槌をこぼすと、それから沈黙が続いた。

腹もすいたことだし、と下に降りるのもめんどうなのでデリバリーを頼んだ。
彼に後ろから抱きしめられた状態でテレビを見ている。時折耳元で彼が低く笑うのが聞こえた。

届いたピザを二人で切り分けて食べる。
他愛のない話をして笑い合う、久しぶりにキスもセックスもない穏やかな時間を過ごした。

「今日そういやエイプリルフールだな」
「あー、そうだな。お前なんか嘘ついたのか?」
「ついてねーなぁ」
「お前なら喜々としてつきそうなのにな」
「なんじゃそりゃ」

ピザを食べ終わり、彼はコーヒー、おれはホットココアを飲みながら、向かい合って話をする。ふいに時計を見ると23時過ぎだった。

「今日泊まっていくか?」
「いや、泊まんねえー」
「……そうか」
「ん」

ふ、と沈黙がおりた。

「なー」
「ん?」
「おれ、お前のこと好きだよ」
「…なんだ突然」
「言いたくなった」
「…俺も好きだ」

どちらからともなく、今日初めてのキスをした。

「じゃ、帰るわ」
「…送るか?」
「いや、おれ男だしいいわ」
「……じゃあ、エレベーターまで」
「さんきゅ」

少し離れた距離を歩く。
下のボタンを押してエレベーターが来るのを待っていた。

「……なあ」
「ん?」
「…さっきの、大好きって」

嘘か?と彼が無音で言う。
それに笑い返すと、

「そんな嘘はエイプリルフールについちゃだめなんだって。ついていいのは笑って許せるような軽いもんしかだめなの」
「ふーん、そうか」

安心したように彼が笑った。

5、6、7 とボタンが光り、軽快な音が静かなマンションに響く。

「じゃあな」
「おう」
「……あ、言い忘れたことがあった」

ポケットに手をつっこんでいた彼の動きが止まる。おれは彼の顔に自分が今できる最上級の笑顔を向けて言った。




「別れよ」




扉がゆっくりとおれと彼の間を隔てていく。
きょとんと何を言われたか理解していない顔が、どうせ嘘だろうと口角をあげた。が、気づいた彼が扉をこじ開けようとする前に完璧に閉まり、おれを乗せて1階へと下りていった。

たとえあいつが追いかけてきたとしても、走りで追いつくことはない。


「もう0時過ぎてんじゃん。終電間に合うかぁ?」



end



オチわかりにくいかな…。


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[mokuji]

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