02
「茜はさ、彼氏と別れたいの?」
「え?」
二人で住んでいる寮の一室で僕は聞いてみた。だって僕だけが先走っていて、実は茜がそんなこと思っていなかったら、僕の考えはすべて有難迷惑だから。
「うん」
「…そっか」
即答した茜にちょっとびっくりした。
だって僕の知ってる茜だと、絶対うじうじして悩んで言い訳すると思ってたから。
ちらりと見た茜は凛としていて、とても姫と呼ばれる可憐さはなかった。
「葵にはいってなかったけど、僕、あの人の浮気見るの初めてじゃないんだ」
「…」
「黙ってたけど、隠れて泣いてた。だけどあの言葉で、やっと吹っ切れたんだ」
にこり、と笑顔でそう言った茜。
その顔はまだ悲しみが少し見えてたけれど、それは茜が一歩踏み出そうとしていることで。だから僕も、邪魔をしないように、と復讐はやめにしようと思った。
その夜すぐに茜がお風呂に入っているとき隼くんに電話した。もっと何か言われると思ったけど、そっかで終わってちょっと拍子抜けした。二人で遊びに来いよ、と言われて、その日の電話は終わった。
僕はなんだかすがすがしい気持ちで、久しぶりに茜と一緒に一つのベッドで二人で眠った。隣にいる温かいぬくもりに、顔がにやけたのを茜に見つかって、二人で笑いあった。
幸せだと、もうあんな奴どーでもいいと。茜は今日から一歩踏み出して変わる、そう思った。
なのに。
「茜っ!!どうしたの!?」
「ふ、えぐっ、葵いぃー……っ」
茜が彼氏と別れて2週間ほど経ったとき。
二人で久しぶりに外に出て、隼くんの家に遊びに行った帰り。
しばらく3人でたわいもない話をして、それから近くの居酒屋で飲んでいた時。未成年はお酒禁止って言ってる隼くんこそ未成年じゃん、と文句を言って、それを茜がけらけらと笑っていて。そんな楽しい3人の関係に、僕も笑っていて。
隼くんは酔わないし、茜もセーブしててあんま飲んでないし。僕は隼くんのおごりだからって遠慮もせずぐびぐび飲んで酔っ払ったとき。
僕が店に携帯を忘れたことに気づいて、隼くんに支えられて茜を一人外に待たせて戻った。
そして無事携帯を手に入れた僕と隼くんは、茜の待っている場所に戻った。
そこには、頬を押さえながらぽろぽろと涙を流す、茜の姿だった。
「茜っ!!!」
「茜、」
「あお、い、隼く…っ」
酔いもぶっ飛んで茜の元に駆け寄ると、大きな目を涙でいっぱいにして、それから僕と隼くんの胸に飛び込んできた。
じろじろと集まる視線に、ひとまず隼くんの部屋に戻ろうと歩き出した。
「茜、どうしたの…?」
「………あの、人と、その恋人っていう人が、いきなり現れて……っ」
ぶたれた、とかすれた声でつぶやいた。
「茜、」
「僕って、ほんと、駄目だなぁ……っ」
「……っ!?」
「泣かないように、頑張ってたのに…っ。―――僕、ほんとにほんとに、あの人のこと、好きだったのに…っ。ほんとは、別れたくなんか、なかったのにっ…!だ、だけど、葵みたいに胸を張って、前を向いて頑張ろうって、思ってたのに……っ!!」
本当に好きだったって、わかってる。
だって僕も恋したくなるほど、茜はきらきらとした目で、ほっぺを真っ赤にさせて、全力で恋をしていた。男同士だとか、そんなの関係なかったのに。
「恋人、きれいな女の人だった…。男なのに、男に恋するとか、気持ち悪いって…」
その言葉に、一緒にあの人、笑ってた。
その言葉に、ぶちっと僕の中のどこかが切れた気がした。
どうして茜が、泣かなきゃいけないの。
茜の気持ち、どうしてわかってくれないの。かき乱すの。
茜を寝かしつけて、その夜、二人で薄暗いリビングのソファで横に座って、いろいろ思った。
お山座りでひざに顔を埋めて、必死にこの怒りを放出しようとするけど、無理だった。唇をかみしめていると、横からいつもは饒舌な口を閉ざして黙っていた隼くんが声をかける。
「……葵」
「………頭に血が上ってるから、今冷静なこと言えない」
「……俺も、これは流石に、」
ぶっ殺してやりたいな。
発した思いは、同じだった。
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