塚原日生(つかはら・ひなせ)は入学当初から有名な男だった。 可憐だとか、儚いだとか、色々と噂が駆け巡っていた。 透き通るような白い肌に映える黒髪に、影を落とすほどの長い睫。華奢な体。 そのどれもが、餓えたこの学園では恰好の餌だった。 俺と日生が付き合いだしたことは、すぐに広まった。というか俺が広めた。 誰にも、邪魔をさせないように。 日生に変な虫がつかないように。 だけどその認識は甘かった。 日生が泣いた。原因は、俺のセフレが馬鹿なことを言ったから。 過去の話だ。今はやってねえ。 だけど後悔したって、もう遅い。 とりあえずセフレは解散させた。いくら性欲がたまっているからと言って、突っ込んでなくても舐めさせてたらだめだろと。 日生に手を出す奴は、俺のすべてを使って消すとも言っておいた。真っ青になって首を縦に振っていたから、大丈夫だろ。現にそのあと、嫌味を言われることはなくなったという。 そのあと、日生が俺が初めてではなかったということを聞いた。 中学の時、一度だけ抱かれたことがあるらしい。それを聞いたとき、俺は日生の初めてを奪った男に殺意が沸いた。 俺の部屋までは遠いし、日生の部屋は二人部屋だ。 絶対に邪魔されることなく、なおかつ逃げられないところ――――。 すぐに俺は生徒会室の仮眠室に日生を無理やり連れ込み、今まで我慢していたすべてを取り戻すように、日生を貪った。 一晩中ずっと、日生を離すことはなく。 日生を抱いた二日後の夕方、仕事にならなかったと生徒会の奴らに文句を言われるほど、ベッドの軋む音と喘ぎ声は迷惑だったらしい。 「せんぱ―――ん…っ」 「声我慢すんな……」 「せん、ぱ…」 涙で潤んだ瞳で、俺の背中に手をまわして熱を受け止める日生は、最高に色っぽかった。 「せんぱ……すき……っ」 それは日生が俺に言った、初めての愛の言葉だった。 今まで付き合っても、デートなんてしたことがねえ俺が初めて日生と遊びに行った。 いつも地元のダチとよく馬鹿騒ぎをするバーに行こうとしたが、そんな危険な場所には連れてけねえ。そう思ったが、あそこは夜だけがバーで、昼は確か洒落たカフェになってるはずだと、そこは安全だろと日生を連れて向かった。 顔なじみのマスターが、「今日はめずらしいお客だ」と話しかける。うるせえ。 にやにやしてる顔に、思い切りコーヒーをぶっかけてやろうとしたが、舌打ちで済ます。 「恋人」とか説明すると、すぐ周りに広まってめんどくせえ。無難に「後輩」って言うと、まったく納得してねえ顔で裏に引っ込んで行った。殺す。 目の前に座っている日生の顔をふと見ると、俯いて見えねえ。どうした?と聞くと、なんでもないという声。 それから日生は最後まで満面の笑みを浮かべることはなかった。 ← | top | → ×
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