03


西村センパイとなら、照れくさくて行くことがないような洒落たレストランに、スマートに連れてこられてさらに委縮してしまう。
今日よれよれのスーツだけど大丈夫なのかな…。
西村センパイとなら、居酒屋で飲んで食って二人で語って、そんな気取らないことができたのに。

やっぱりおれとこの人じゃ、釣り合わないよなあ。
親の転勤、というのは建て前で、実際は会社経営が危なくなって、おれを今まで通り、私立の全寮制男子校に通わせるのが厳しくなった故の転校みたいなものだし。
残り2年を公立の男子校に通わせてもらって、なんとか会社は立て直せたみたいで、今は何も不自由することなく暮らしている。

まあ恋人というか、いろいろそーゆー関係の人はいたけど、久しぶりに恋したなーって思ったのは、社会人になってすぐ、西村センパイに会ってから。
優しくて、ちょっと意地悪で、いつの間にか大好きになっていた。
心の奥底でずっと雅也センパイのことを忘れきれなかったけれど、今ではもう思い出すこともなく、全力で恋をしていた。
喋り方がゆるいとかで、男女問わずいろんな人にちゃらいとか言われてたおれだけど、そんなことなくって超一途なんだからねー。
西村センパイには誤解されたくなくってゆったら、「分かってるよ」ってふわりって笑われた。きゅーん。

「―――ミチ」
「あ、はいっ」

いかんいかん、意識が西村センパイに行ってた。
今は雅也センパイと一緒だもんな。

「高校生んとき以来だなー」
「そ、そうですね」

いきなしの核心に触れられて冷や汗が流れる。
ウェイターが料理を運んだことで話が中断した。それを利用してまた気合を入れなおす。
(頑張らねば…)

「元気だったか?」
「は、はい。センパイは…」
「あーまあ、元気と言えば元気。だけどミチがいなくなったときは、すっげー落ち込んだよ」
「すみません、親の転勤の都合で…」

本当に申し訳ないと思ったから、頭を下げる。
それにいいよ、と声がかかった。

「顔上げて、ミチ」
「え、あ、はい…」
「そのことはもう怒ってないんだ。今はね」

―――今は、ということは。
昔はすごい怒ってたってことか…。

「まさか逃げられるなんて思ってなかったからね。俺の計画は全て水の泡だよ」
「…?」
「親を追い詰めても頼ってこない子だって、分かってたのになあ」
「…??」

意味の分からない独り言を自嘲気味に漏らすセンパイに、首をかしげるばかり。
独り言のようだから、気にしないでおいた。

「それよりも今怒ってるのはね、」
「え、今なにか違うことに怒ってるんですか」
「はは、……そーだよ」

ぎらり、と。
なんか、目つきが、おれがあのとき憧れていた爽やかスポーツマンのセンパイがするのじゃ、ない。
例えるなら、獲物を狩ろうとしている、肉食獣のような―――――。


「西村剛志(にしむら・つよし)」
「…?」
「俺の次は、アイツ?」
「―――――っ!!!!」

食べていた肉が変な器官に入って、死ぬかと思った。
咽ながらセンパイと言った言葉を頭の中で反芻してみる。
―――――どうして。






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