「ねーダーリン」 「どうした、ハニー」 ここは理事長室。 普段は一般生徒立ち入り禁止だけれども、理事長であるダーリンの恋人であるおれには全くお咎めはない。 秘書も最初の方は何か言いたげに二人を見つめていたが、今ではすっかり慣れたとばかりに、僕にも紅茶を出してもてなしてくれるほど。 「ダーリン、もう長期出張なんていかない?」 「ああ。お前を置いてもうどこにも行かないよ」 「…おれ、ほんとはすごい心細かったんだ。なんか訳の分からない生物にはなつかれるし、そのせいで意味不明の人たちに嫉妬されるし。殴られたのも蹴られたのも、痛かったよ…」 あの時のことを思い出すだけで、痛みがよみがえる。 どこを誰に蹴られて殴られて、とか、そういうことも全部覚えている。忘れたくても忘れられない、苦い過去。 「…俺がいない間、ごめんな、湊(みなと)」 「……総ちゃんに謝られるのは、いやだよ。悲しいもん…」 「――湊」 「総ちゃんの前以外に泣きたくなかったから、我慢したんだよ」 「そうだな、湊。お前は俺の前だけで啼けばいいんだよ」 「…総ちゃん…」 「湊……」 見つめ合う。熱を孕んだ眼で、吸い寄せられるように唇を寄せた。 あとは、ちゅっちゅとついばむようなキスをしながら、おれはダーリンにお姫様抱っこをされながら、仮眠室へと運ばれた。 「おい仕事しろよバカップル」 残された秘書がつっこもうと、おれらは違う突っ込みをしている最中。 いくら秘書が正しいことを言っていても、雇い主はダーリン。何も言えるはずもなく、そして何度も遭遇したことがある現場だったのか対して驚くことはなく、理事長室を後にする扉の閉まる音が聞こえ、あとは二人の息遣いと衣擦れの音しか、聞こえなくなった。 「ねーダーリン。転校生は退学になったけど、生徒会の人たちはまだ学校にいるじゃんかー」 「ああ」 情事後、ダーリンの腕枕に頭を乗せて、ピロートーク。 乱れた髪をそのままに、二人見つめ合って話す。 前は煙草を吸っていた指先が、今はおれの頭をふわりふわりと優しくなでる。 煙草は嫌いだから吸うのはおれの前ではやめてって言ったら、禁煙してくれた。付き合ってしばらくしたピロートークのとき、いつものように煙草を吸おうとしたダーリンにどきどきしながら言った一言だった。 怒られるかな、嫌われるかな。めんどくさがられるかな。言った後に不安になったけど、「―――そうだった、何も考えずに吸っててごめんな」って、ちょっと煙草くさい口でキスされた。 それが最後の煙草味のキス。 「…湊?」 「あ、ああ、ごめんね総ちゃん。意識が飛んでた」 「そうか。…で、生徒会がどうしたんだ?」 「あ、うん…。なんか、面倒なことが起きそうな予感がするー」 「面倒なこと?」 うん…。なんだかわかんないけど、胸騒ぎ。 でも詳しいことを説明すると、ダーリン心配しちゃうだろうから。 これはおれがうまく消化できるまで、なにも言わないでおこう。そう思って、キスをしてはぐらかしておいた。 けどダーリンはすべてお見通しって目でおれを見ていたんだ。 ← | top | → ×
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