03


「なんも言えなかったんじゃないよ、なにも聞いてくれなかった が正しいよ」
「……」

手元を覗き込むと、おれの名前以外なにも書かれてなかった。
おれとサトって、そんな未練がましい関係だったのかな。
いなくなるから、惜しく思えてきたのかなあ。未練ってやつ?
でももうおれはスーパータロだから。後ろは振り向かないのだ。

「サト、書いて」
「……」
「サト」

やがてゆっくりと動き始めるペン先。サトの名前が書きこまれたことを確認して、おれはちいさく無意識のうちに頷いた。

「サト」

それを丁寧に折りたたみながらサトを呼ぶ。

「ばいばい」


ぺこりと頭を下げて、ダッシュで部屋を飛び出した。サトがおれを捕まえようと手を伸ばしたのが見えたから、思いっきり近くにあったクッションを投げつけて玄関まで走った。
おれはもうこの手に捕まるわけにはいかないのだ。



ドアから飛び出して走り出そうとしたとき、目の前にいた人にぶつかった。
びっくりして慌てて出ようとしたら、それ以上に強い力で抱きしめられる。後ろからおれが閉じたドアがまた開く音がする。サトだ。
おれを抱きしめる人のこの匂い、知ってる。

「タロ、ちゃんとできたみたいだな」
「――すず、ちゃ…」


よしよし、と頭をやさしくなでられる。ほっとする。
後ろで息を呑む音がする。ちらりと振り向こうとしたけれど強く抱きしめられててできないから、大人しくそのままでいることにする。すずちゃんの顔を見ようとしたらぐっと顔を胸に押し付けられたので無駄な抵抗はやめにした。



「里中、もう手遅れだ。残念でした」
「………くそったれ。教師が生徒に手だしてんじゃねえよ」
「浮気男よりはよっぽど倫理観があることだと思うが?」
「お前だって浮気男だろ。タロは俺と付き合ってんだよ」
「――不特定多数の体の関係を持つ彼氏と、体の関係はないけど親身になってくれる相手」

すずちゃんの心臓の音がとくんとくんと一定のリズムを刻んでいる。修羅場ってるのにおれはまったく違うことに意識が言っていてあんまり二人の会話を聞いていなかった。


「なあ。里中。そんな状態になったら、どっちの方に心が動くと思う?」


浮気が本気になるっていうのは、こういうことなんだよ。クソガキ。



「……バカ サト」


浮気なんてしなかったら、今でもおれはサトと付き合ってたかもしれないのに。






「同室解消したから、おれ住むところなくなっちゃった。一人部屋かなー?」
「ほら。見ろ」

ぴらりとあのときと同じシチュエーションで見せられた紙。今度は【同室申請書】の文字。

「俺の名前書いてあるだろ。ここにタロの名前書け」
「…わあ」

なんだかデジャヴだぁ。
ペンを渡されて文字を書く前に、思ったことを言ってみる。


「なんだか結婚届みたい」

ここですずちゃんの鋭い突っ込みがはい―――



「ああ、そう思ってくれてかまわねえよ」



―――――ぼん。
スーパータロ、すずちゃんにはかなわない。





おわり


これで完結です。サトいじめようとしたけど無理でした。なぜかしら。



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