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深夜2時。隣の部屋にいる同室者に聞こえないように、僕はヘッドフォンをしてPSPをいじる。灯りも最小限に。起きている痕跡も残さないようにする。
僕の最大のミッションは、同室者、佐々木を起こさずして堪能することだったからだ。

『べ、べつにあんたなんか好きじゃないしっ!』
『俺はミサキのことが好きだ』
『えっ…』

流れてくる内容は、失笑もいいところの三文セリフ満載のチープな内容。ストーリーは全くもって面白くもないし共感もしない。レビューでもギリギリ星3つの評価が付く、恋愛シミュレーションゲーム。ストーリーは駄作だけど、それでも評価がつきファンも多い理由。

「ああ〜森永さんやっぱいい声だ〜〜すきだ〜〜!!」

主人公の相手役、コタロウ役の声優さんが、僕の好みにドンピシャの声をしているからだった。


僕、佐倉美咲(さくら・みさき)には姉が二人いる。それも一卵性だからそっくりだ。小さいころから忙しい両親の代わりに姉に育てられてきたため、趣味や見た目がどうしても姉に影響されてしまった。周りの男子は腕白に外で遊ぶのに、僕はそれをいつも影から見ているだけだった。

僕が中学生のとき、姉は大学生だった。自分でアルバイトをしてお金をためて、大量の本やゲームを購入するようになっていった。男の子が苦手で学校に行っても直帰する僕は、必然的に姉と過ごす時間が長くなっていた。

「お姉ちゃん、これなに?」
「らめっ★どきどき学園性活の限定盤よ。今日はこれを徹夜でやり続けるわ」
「お姉ちゃん、これなに?」
「男の子にも穴がついてるってほんとですか?大人買いしたからこれを読みふけるわ」

姉の美奈はいつもならバッチしメイクしてある顔をすっぴんにし、長い前髪をおちょんぼにしてにやにやとパソコンに向かっていった。
妹の美紀はいつもはゆっくり話す言葉を聞き取れないほど早口で言い、紙袋2つを抱えて部屋に戻って行った。

構ってもらえず寂しくなった僕は、こっそりと二人の部屋を覗いた。そこには、

「あっあっらめええええ!!」
「あーーみくるちゃんの声いいわぁー。愛撫ゆなエロイなあー」

にまにまと僕にトラウマを与えるようなシーンをスクリーンいっぱいに映し出しながら、スナック菓子を食べ鑑賞している姉と。

「なあ、お前嫌いな奴に抱かれてもこうなるのか…?」
「はあああんいい!!求道(きゅうどう)さんの攻め声まじたまんないっす!!」

男と男が絡むCDを聞きながら悦にふける妹の姿が。


僕が大好きなお姉ちゃんたちは、エロゲマニアと腐女子だということに気づいた日だった。



覗き見していたことがバレ、あれよあれよと洗脳された僕。
二人とも好みの恋愛観は違えども共通していたのは、「声オタク」だということだった。

「愛撫ゆなちゃんはさあー、何と言ってもエロイのよ声が!喘ぎ声とかたまんない!」
「それなら求道さんもぉ、攻めるときの声がすっごいすてきだよぉ!!」
「「ねっ美咲!?」」
「……う、うん」

最初は二人の熱意に引き気味だった僕だけど、ずっと一緒にいるようになってから変わってきた。
まずは道行く人の声が気になる。顔がかっこいいと言われている男の子も、声が僕の好きなものじゃないなあとか、あの静かに本読んでる子、すごい低音でいいなあとか。その人のことを見るのではなく、「あの声の〇〇くん」といった視点で人を見るようになってしまった。

美奈ちゃんみたいに喘いでいる女の人も、美紀ちゃんみたいに男の人に攻める男の人は興味ない。僕は、全年齢対象の恋愛ゲームの男の人の声がすきな、声フェチになったのだった。





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