ぴしり、と食堂の気温が5度くらい下がった気がした。 だけど紀乃は気づかず、「そういえばイクラも食べれるようになったなあー」 なんてほわほわ続ける。 それに愕然としながらも、臼井は焦る気持ちを抑えるように本題にはいる。 「なあ、紀乃。よかったらさ、俺たち、」 「?」 「より、も「紀乃」―――」 臼井がなにかを言いかけた途端、遮るように声がかかる。厨房の奥を見ると、成二がいつも通り無表情に紀乃を見ていた。 「せーじ、なにっ!」 「もう授業はじまんだろ。早く戻れ」 「え、でもカズが…」 「いいから」 「…はあい」 臼井がなにか言いかけていたのを気にして、眉を寄せるがそれをものともせずに言い切る成二に、おれたのは紀乃だった。 しぶしぶと言ったように返事を返すと、臼井にごめんね、と言い残しちょこちょこと去っていく。 その背中を追いかけるように声がかかる。 「―――紀乃」 「ぅ?」 「夜、俺の部屋来い。試食してほしいのがある」 「はーい!」 ぴこーんと耳が立ち、それがそのままぱたぱた揺れる。 よほどうれしかったのか、紀乃が小さくなって見えなくなるまで、耳は左右に揺れていた。 そうして見えなくなったところで、不満そうな臼井が成二を振り返って睨みつける。 ほかの従業員たちは縮こまって作業をしている。さわらぬ神にたたりなし。 「……なんのマネっすか、成二サン」 「お前、紀乃の元彼だろ」 「…はい、そうっすけど」 質問したことに答えられず不満そうにふてくされる臼井に、成二は言い放つ。 「あれは俺のだ。餌付けずみだから邪魔すんな」 「―――――は?」 「美味しく食べるための準備はできてんだよ。いきなしぽっと出のお前が横槍いれんな」 その眼は肉食獣さながらで。 「…成二サン、あんた、動物なんでしたか」 「あ?」 「この学園にいるってことは、耳ついてたんですよねっ?」 「あー……ライオンかな」 「……ライオン…」 ――――肉食動物だけど、うさぎなんかそう好んで食べないはず。 「…どちらかと言うと、シマウマとかそういうサバンナにいる草食動物を食べてるイメージなんですけど…」 乾いた笑い混じりに、臼井が言う。 それは、紀乃はあんたのタイプじゃないだろうという意味を込めての質問だった。 だけどそれを一蹴する、肉食獣。 「悪いけど、ちっちぇえ獲物を自分好みに育てて食うのが好きなんだよ」 教室にいる紀乃が、それと同じタイミングでくしゅん、と小さくくしゃみをした。 何も知らないうさぎがライオンにメインディッシュにされて、その耳をふるふると恐怖じゃないもので震わせるまで、あと数時間。 おわり 料理しねーからわかんねーや! ← | top | → ×
|