03


中学3年生のとき、当時高校生だった臼井と付き合っていた。それはほんの一瞬で、別れたのは臼井の目に余る浮気であったから、紀乃にはなんの欠点もないけれど。

「か、カズがどうしたの…?」
「あいつ、今月から俺の下で働くことになった」
「ぅえっ」

臼井は浮気症なところと性格が悪いのが欠点だけれど、料理の腕はなかなかだった。
成二には劣るとしても、店を任されるだけの実力はきっとあるだろう。
そういえば臼井も、最初は紀乃に試食を頼んだことから交際が始まったな、とぼんやりと思う。
臼井は虎耳がついていて、浮気した?と聞いたらぴくりと耳が揺れるから分かりやすかった。
だけど成二はここの卒業生だったと聞くけど、どんな耳がついていたかは知らない。
それに18歳以上だから、耳はもう消えてしまっている。
獣耳がついている人は、嘘がつけない。それが耳かしっぽか、どこかに現れてしまうから。気持ちが一番に現れてしまうから。
成二はそれがないし、しかも無表情だから何を考えているか全くわからない。


「………ふうん」
「え、ていうかカズ、ここに来るの?」
「ああ」
「そっかー」

うさ耳がぴくんぴくんと左右に揺れる。それは不安定な紀乃の気持ちを表しているようだった。それをじっと成二は、見つめていた。




特になにも起こるわけでもなく、臼井は普通に働き始めた。
教師ならともかく、コックが一人増えたくらいでいちいち全校集会なんて開かれることはないから、わからないはずだ。
だけど成二とはまた違った軽薄そうなイケメンである臼井は、瞬く間に学園内にイケメンコックとして名をはせた。


「紀乃、久しぶりー」
「うん、元気してた?」
「ああ、ボチボチ。それより食ってみて、新作ー」
「あとでねー」

一応元彼だし、とちょっと気まずい思いをしていた紀乃とは違い、前みたいにけたけたと笑ってくる臼井に、紀乃も昔みたいに笑い返す。
それを黙って見ている成二、だけどすぐに自分のことに専念してしまった。

「んーいいねっ!」
「ほんとか?」
「うん、ここにしそを使って香りつけてくのはうまいね。一気に引き立つし」
「!俺もそこ一番工夫したんだよな。さすが紀乃」
「えへ、えへへ」

基本的に褒められたら悪い気はしない紀乃は、うるさいなーもーなんていいつつも耳は嬉しそうに揺れている。
それを見て愛おしそうに笑いかける臼井。
はたから見ても、臼井が紀乃に気があるのは丸わかりだった。

「でもなんか、もっと薄味のが万人受けはするかもねぇ。たとえばここに大根おろしのっけて、」
「あれ、紀乃って大根おろし苦手じゃなかったっけ」
「え、そうだっけ?」
「ああ、確か…」

臼井が中学生のころの紀乃の好き嫌いを考えて作ったメニューだったのにも関わらず、まさかの嫌いなものが好きになったという新情報。
目を丸くして驚く臼井に、紀乃は

「多分成二が僕のためにいろいろ作ってくれたから、嫌いなもの減ったんだよー」

なんてのんきに言うものだから。


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