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ひょこひょことうさ耳を揺らしながら食堂に着く。
今はランチの時間帯が終わったから、いつもうるさい食堂も閑散としている。

「……遅い」
「!走ってきたし!」

入った瞬間、不機嫌そうな顔をした成二が紀乃を見て睨む。
心外だ!とピコーンと耳を立てる。それを見てもふっと鼻で笑う成二に、怒りマックスの紀乃。

「なにその態度!怒った!もーいらな」
「おら、試作品」
「美味しそう!!」

すい、と差し出されたピンクベースのいちごのケーキ。
紀乃の怒りは瞬く間に治まった。
ちょろいな、と成二は無表情の裏でほくそ笑んだ。



「おーいしい!この苺ソース、甘酸っぱいんだね!」
「ああ。ムース自体が甘いからな」
「ほおお。でもここには生クリームはいらないかなあ。くどいもん」
「参考にする」

紀乃は世界でも有名な三ツ星レストランを経営するシェフの父を持ち、母は有名料理研究家という、食に関しては一流の家系である。そんな紀乃だから、ここのシェフである成二に、評価してくれと言われたのが出会いのきっかけである。
紀乃は食べる専門だけど、その舌は絶対的なものを持っている。よく父の下で働く人などに、評価を頼まれることもある。

そんな紀乃も、お世辞でもなく絶賛する成二の料理。
正直この学園にいるのはもったいないなあと思いながらも、僕が高校にいる間はいてもらおう、なんて思っていたりもする。
成二が料理長になってから、食堂の利用客が増加したらしい。
それはそうだ。成二は紀乃の父も認めるほどの腕を持つ男である。

しばらく成二のスイーツを堪能していると、それをぼーっと見ていた成二が、思いついたように言葉を紡ぐ。

「お前、そういや臼井一晃(うすい・かずあき)って知ってるか」
「うんむっ、げほっ、ごほっ!!!」
「……おい、大丈夫かよ」

いきなしむせだした紀乃に呆れながらも傍らにあった炭酸水を渡す。
ごくごくと飲みほし、はああと一息つく紀乃を見て、それで?とまた成二は繰り返す。

「…ぼ、僕の元彼…」

ぴしり、と空気が凍った。



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