03



重心が思いきり後ろに引かれて、足がもつれて倒れそうになった体は、あたたかいぬくもりに包まれた。
何が何だかわからないとこんがらがった頭で後ろを振り向くと、そこにはにこりと人のよさそうな笑顔を浮かべたサラリーマンが立っていた。

「やっぱり可愛い」
「…は?」

開口一番にそんなことをつぶやかれる。

「君可愛いね。一目ぼれしちゃった」
「…酔っぱらってますか?」

思わずまじまじとその人の顔を見つめてしまう。
あいつよりも高い身長に長い脚で、スーツがよく似合ってる。大人の男って感じ。顔も整ってるし、大人の魅力と色気がふんだんに出てるから、あいつよりも遊んでそう。

「酔ってないよ。素面」
「…おれ男ですけど」
「見てわかるよ」

そんなの全然問題じゃない、と軽く応えられてちょっとたじろいでしまう。
繁華街の中心でスーツの男に抱きしめられている光景は、だいぶ注目を浴びる。

「未成年をナンパしてなにしてんだ…」
「君、未成年なの?」

ぽつりと独り言のように呟いた言葉に反応する男に、内心やべえと焦る。
若干声が変わったような気がする。

「だめだよ、こんな時間に出歩いてちゃー。悪い人につかまるよ?君可愛いから」
「…あなたみたいな?」
「はははっ、そーかもね」

胸の中からダッシュで逃げようとしたけれど、さらりと強い力でさらに拘束される。

「逃げないでよー」
「…ここじゃ、目につくんですけど」
「そうだね」

じろじろと興味深そうにこっちをガン見して通っていく人たちに、とうとうおれの方が折れた。

「…とりあえず、移動、したいです…」


着いた先は、いつもバイト帰りにバス停に向かうときに通る公園だった。
夜の公園なんて利用するのは、いちゃいちゃしたいカップルや、酔っぱらいのおっさんだけだ。
あいたベンチに二人で座る。ちなみにここまで来るのにも手を繋いでとかいう寒いことをしながら来たりして。
ようやく解放されたおれは、顔だけをその人に向けてふつふつと思っていたことを切り出した。

「あのさ、お兄さん」
「なに?」
「おれ、今傷心中だからね。失恋してすげーつらいの。あんたは遊びのつもりで声かけたんだろーけど、おれは今すっごい優しさに飢えてるの!だから、一回でもおれに手出したら、おれ、うっざいくらいあんたに付きまとうからね。彼氏面とか平気でして、すっごいうっとおしいと思うよ。そんなん面倒でしょ、お兄さんもてるだろーし言っちゃ悪いけどヤリチンっぽいし。だから、おれのことはやめたほーがいいよ!」

逃げるが勝ちよ、と言いたいことを全部言ったおれは、びっくりしたような顔で止まっているその人を置いて、立ち上がって駆け出そうとした。


けれど、そんなのは無駄で。


「はははっ!!やっぱいいね、君」

ぎゅう、と力強い腕で抱きしめられる。

「ますます好きになっちゃった」
「だ、だから、からかうのはやめ…」
「からかってなかったらいいんだよね?」

今までと違う声に、思わず振り返ると、そこにはさっきまでの柔和な顔とは違う、まるで肉食獣のように狙った獲物は逃がさないという獰猛な目を浮かべた人がいた。
本気で同じ人?というくらいの変貌ぶりだ。こええ。
思わずぴしりと固まってしまったおれに、にやりと笑うと、耳元で囁いた。

「失恋には、新しい恋って言うもんね」

そして有無も言わさず、逃げることができないようにしっかりと手を掴まれ、そのままスタスタと歩き出す。

―――この人と会ってから、おれはあいつのことを一回も思い出していないことに、まるで毒のように浸食する声にぼおっとした意識の中、思った。



end

書きなおした結果、最初より2ページも多くなった罠。






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[mokuji]

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