∴ 彼は僕以外の人を抱く。 (臆病すぎる攻め) 来る者拒まず、去る者追わず。そう有名なセンパイが、唯一触れない男。それが、僕。 彼は目の前で、僕以外の男に触れ、そして二人で消えていく。センパイに誘われた男は夢見心地で、頬を赤く染めふらふらと手を引かれるまま歩いていく。 だけど彼は、僕を絶対に抱くことがない。 僕はただ、二人の背中を遠くから見つめるだけ。 「センパイは、どうして僕に手を出さないんですか?」 屋上で二人きりのとき。制服姿で煙草をふかしたセンパイに、前から疑問に思っていたことを聞いてみた。 センパイは僕の方をちらりと一瞥し、また空に煙を吐きかけながらこちらを見ず、「…愛しているから」とか細い声でつぶやいた。 「え……?」 思ったよりも、悲痛な声が出て自分でも驚く。 僕はここまで思い悩んでいたのだろか。 だけどセンパイは振り向かない。 ――――本当は、分かっていた。センパイが、僕のことを本当に愛おしそうに見ていることだって。なのに、僕の目の前でほかの男を誘い、抱く。僕には一切触れることはないのに。 彼のきれいな指先が、相手をやさしく愛撫する。挿入するとき、キスをする。愛の言葉だって、強請られれば吐くだろう。それが嘘だとしても、それが一度限りの関係だとしても。センパイに抱かれるということは、そういうことだって割り切らなければいけない。 だけど僕は、愛の言葉も、甘いキスも、彼のぬくもりを一度も自分の体で感じたことがないのだ。 それがとても悲しくて、つらくて。 目の前でほかの男を連れて消えていく背中を、何度刺殺してやろうと思ったかわからない。 愛と憎しみは表裏一体。 僕はいつか、自分が愛しているがあまりほかの男を抱く彼を殺してしまうのではないかと恐れている。 なのにセンパイは。 僕に、とびきりの、最上級の愛の言葉を、言った。 「………ふざけないでください………」 それは、僕にとって、あまりにも耐えがたい仕打ちだった。 僕に決して触れようとしない指先、僕を決して見ようとしない瞳、それを僕以外の男は平気で手にしているのに、僕だけが向けられない。 「人を、馬鹿にするのも…いい加減にしてください……っ!!!」 ぶるぶると怒りで声が震える。 俯いたままセンパイを見ようとしない僕に、一歩センパイが近づく気配がした。なのに、やっぱり指先は触れない。 次に涙があふれてくる。嗚咽を上げて泣き出す僕に、ようやくセンパイが重い口を開いた。 「――――愛してるから、…抱けない」 その言葉に僕は顔を上げない。彼は両手で顔を覆いながら、その場にしゃがみこむ。口を覆ったせいで、彼の声がくぐもってうまく聞き取れなかった。 「なにそれ…、僕のこと、愛してるのに、抱かないの……っ?!」 センパイになら、何をされても許してしまう。例え殴られても、浮気されても、何をされても。だけどこの関係だと、そんなこともされない。 僕のことを愛しているのに、愛していない男たちを抱く。僕は、そんな男たち以下。 「――怖いんだ……っ」 「…なにがっ!」 「お前に、触れることが―――」 愛していないからこそ、キスもできるしセックスもできる。自分がいくら何をしたところで、相手に嫌われても別になんとも思わないから。うしなっても、へいきだから。 だけど、愛しているから。お前のことは、愛しているから。 キスをして、抱くことは簡単だけど。お前のぬくもりを一度知ってしまったら、俺は、もう。――――――駄目なんだ。 目の前で泣く彼。 僕も泣き崩れた。 屋上で、ふたり。 初めてそのとき、小指と小指を繋いだ。 ―――――――彼は、今日も僕以外の人を抱く。 おわり こういうお話もたまには書きたくなるのです。 みなさんはこういうの、好きですか? |