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一日ぶりに寮の部屋に戻ったおれは、入ってまず、近頃感じてなかった違和感を覚えた。

「サトの靴しかないー…」

いつも誰かしら連れ込んでるのに。
そういえば、喘ぎ声も水音も、匂いも感じない。めずらしい。
こんなこと珍しいって思うなんて、おれも相当だめだなぁー。
でもまだ連れ込んでないだけかもしんないし、気が抜けませぬ。たたたっと共有スペースを抜けて、おれの部屋に飛び込もうとしたとき。

「タロ」

すずちゃんとは違う声で、おれの名前を呼ばれた。
久しぶりに呼ばれた名前に、思わず止まってしまう。

「お前、錫代(すずしろ)と寝たのか」

けれどその口が紡ぐのは、おれへの侮蔑が混じった言葉だった。

「え、な、んで…?」
「廊下で聞いた」

あ、それってあのときチワワが面白半分で言った…。

「違うよ、あれはおれの勘違いで、ただあれは、すずちゃんに勉強教えてもらっただけ…」
「ただの教師と生徒が、中庭で抱き合ってんのか?」
「抱き合って、って……。サト、何ゆって…?」
「お前が錫代に抱きついてんのも、そんで錫代がお前を連れてどっか消えたのも、全部見てたんだよ」

ええ〜…?
サトの勘違いが激しすぎて、なんてゆったらいいのか分かんないよ…。
どうしようどうしよう、とぐるぐる考えていたら、サトが鼻で笑って

「はっ、やっぱりてめえは男ならだれでもいいビッチだな」

――――なにを、ゆってるの?

「ど、ういう…」
「お前がいろいろなやつと関係持ってるって聞いたんだよ」
「だ、れから…」
「俺の親衛隊のやつとか、抱いたやつとか」

ようは、サトの浮気相手ってことでしょ…。
そんなの、おれのこと良く言う人じゃないって冷静に考えたらわかるじゃん。
なのにサトは、その人たちの言うことを信じたんだ。
―――おれじゃなくて。

「…もう、わけわかんないよ。なんでサトは部屋にいろんな人連れ込んでえっちしてるのに、おれは…」
「うるせえな、黙っとけ」

ちっ、と舌打ちされて、そのままおれは、無理やりサトに抱かれた。





「タロ、どした。泣いてんのか」
「っすず、ちゃ…っ」

えぐえぐ、とあのあと泣きながらすずちゃんの部屋を訪ねたおれに、夜遅かったのにもかかわらず何も言わず受け入れてくれた。

「何されたかは聞かねえから、そんな辛そうに泣くな」
「っえぐ、っ」
「――邑太郎」

それは、あのとき以来の、唇へのキスだった。




「すずちゃーん!見てみて、これ!」
「おー、なした」

廊下の反対側から歩いてくるすずちゃんを見つけると、おれはずっと集めていたお菓子についてくるレアアイテムを右手に持って駆け出した。
その途中、サトとその腕に巻きついている誰かがいたけれど、もうおれには関係ないしー。
サトが目を開いてこっちを見たけど、おれは目を合わせなかった。

どーんっとすずちゃんの胸の中に飛び込むと、よろけることなくしっかりと受け止めてくれた。

「みてみてー、これ!今日やっと出たんだよぉー」
「おー、よかったなタロ」
「うんーっ」

にこにこと笑うおれの頭を撫でて、いい子いい子と褒めてくれるすずちゃん。
それにおれも嬉しくて笑い返す。
そのあと、ふとなにかに気づいたすずちゃんがこっそりと耳打ちをする。

「タロ、そういえばチワワが謝ってたぞ」
「?なにをー?」
「あのとき、廊下で変なこと聞いてごめんねって。そのせいで誤解させちゃったって」

その言葉に、おれの背中ではっと息をのむ声が聞こえた。
だから、最初からそういってるのに。

「もーいいよー。大丈夫」
「そーか」

―――これで、もう俺しか見えねえな。

すずちゃんが俺の見えない位置で、サトに中指を立てていたのは、知らない。




一方通行の恋



(もう交わらない恋心)



すずちゃんの勝ち。


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