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目薬なんていらない。
本物の役者は、涙なんて流したいときに流すもの。
麗さんが小さいころから言っていた言葉を信条に、僕は自由自在に涙を操ってきた。
今回も、大丈夫。
別れたくないのに、別れなくちゃいけない。そんな主人公の苦しい気持ちに感情移入すれば、ほら、涙なんてすぐ出てくる。

夏目のシナリオでは、こらえきれずに流した方がより場面映えするらしい。
最初から涙を流していたら、意外性もなくて面白くない。
生徒会室の前に着いてノックを3回する。それが、僕が来たという榊先輩が決めた合図だった。

「―――入れ」

偉そうな態度してんじゃねえよ。
そう僕は思うけど、主人公はそんなことは思わない。
目を閉じて、深呼吸を一回する。目を開けると、世界は変わる。

「――失礼します」




「なんだ、螢。珍しいな、お前が来るなんて」
「うん、まあね」
「どうした」

手を伸ばしてくる榊先輩を避けるように、やんわりと足を引く。
不自然に開いた距離に眉をひそめると、「…螢?」と訝しげにまた距離を縮めようと足を動かした。
それを止めるように僕は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「もう、やめにしましょう」

今度こそ榊先輩の動きが止まった。

「あ?…やめるって、何がだよ」
「全部です。今までありがとうございました」

言いたいことだけ言って、僕はくるりと踵を返す。
逃げるように動いた体が、ぐいと縫いとめられる。

「おい、待て―――」

くる、と無理やり榊先輩に向けられた僕の顔を見て、榊先輩は目を見開き驚いた。
今まで一度も涙を見せたことのなかった僕が、ぽろぽろと泣いていたから。
夏目が計算した、完璧なタイミング。振り向くと涙を流しているという衝撃と一瞬で涙を流すことで、それはとても美しく映るだろう。

「け、い―――」
「榊先輩は、…っ僕の、こと遊びだった、っく、かもしれない、けど……っ。ぼ、僕は、…っ」

ここで、嗚咽を上げないことがポイント。
こらえるように唇をかみしめる方が、より悲痛に泣いている風に見える。
現に榊先輩は、顔をゆがめながら、静かに泣く僕を見ている。

「…螢――……」

でも、僕は泣くことによって罪悪感を湧き立たせ、よりを戻したいわけじゃない。
あくまでも、別れ話に来たんだから。

「今度は、僕みたいにならないように、素敵な人と幸せになってくださいね」

ふわり、と儚く、頬に涙をつたわせながら微笑んだ。
―――完璧な、引き方だ。
あのときの麗さんには及ばないかもしれないけれど、我ながらよくできたと思う。

達成感でいっぱいな僕は、もう用はないと榊先輩の前から今度こそ姿を消した。
立ちすくむ榊先輩を一度も振り返ることはなかった。
だってもう、この演技をモノにすることができたから、付き合う意味はない。


「夏目ー、完璧だよ。次回作はぜひ悲恋ものをやろうよ」
「せやなー。任せい」


まさか榊先輩が、僕に一目ぼれをして、何とか気を引こうと浮気を繰り返し。
最後に見せた笑顔で、ますます僕に思いを深くさせたなんて、気づくはずもなかった。


おわり

無理矢理詰め込みすぎた。
演技派美人って最強。




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