∴ 4/4 目薬なんていらない。 本物の役者は、涙なんて流したいときに流すもの。 麗さんが小さいころから言っていた言葉を信条に、僕は自由自在に涙を操ってきた。 今回も、大丈夫。 別れたくないのに、別れなくちゃいけない。そんな主人公の苦しい気持ちに感情移入すれば、ほら、涙なんてすぐ出てくる。 夏目のシナリオでは、こらえきれずに流した方がより場面映えするらしい。 最初から涙を流していたら、意外性もなくて面白くない。 生徒会室の前に着いてノックを3回する。それが、僕が来たという榊先輩が決めた合図だった。 「―――入れ」 偉そうな態度してんじゃねえよ。 そう僕は思うけど、主人公はそんなことは思わない。 目を閉じて、深呼吸を一回する。目を開けると、世界は変わる。 「――失礼します」 「なんだ、螢。珍しいな、お前が来るなんて」 「うん、まあね」 「どうした」 手を伸ばしてくる榊先輩を避けるように、やんわりと足を引く。 不自然に開いた距離に眉をひそめると、「…螢?」と訝しげにまた距離を縮めようと足を動かした。 それを止めるように僕は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。 「もう、やめにしましょう」 今度こそ榊先輩の動きが止まった。 「あ?…やめるって、何がだよ」 「全部です。今までありがとうございました」 言いたいことだけ言って、僕はくるりと踵を返す。 逃げるように動いた体が、ぐいと縫いとめられる。 「おい、待て―――」 くる、と無理やり榊先輩に向けられた僕の顔を見て、榊先輩は目を見開き驚いた。 今まで一度も涙を見せたことのなかった僕が、ぽろぽろと泣いていたから。 夏目が計算した、完璧なタイミング。振り向くと涙を流しているという衝撃と一瞬で涙を流すことで、それはとても美しく映るだろう。 「け、い―――」 「榊先輩は、…っ僕の、こと遊びだった、っく、かもしれない、けど……っ。ぼ、僕は、…っ」 ここで、嗚咽を上げないことがポイント。 こらえるように唇をかみしめる方が、より悲痛に泣いている風に見える。 現に榊先輩は、顔をゆがめながら、静かに泣く僕を見ている。 「…螢――……」 でも、僕は泣くことによって罪悪感を湧き立たせ、よりを戻したいわけじゃない。 あくまでも、別れ話に来たんだから。 「今度は、僕みたいにならないように、素敵な人と幸せになってくださいね」 ふわり、と儚く、頬に涙をつたわせながら微笑んだ。 ―――完璧な、引き方だ。 あのときの麗さんには及ばないかもしれないけれど、我ながらよくできたと思う。 達成感でいっぱいな僕は、もう用はないと榊先輩の前から今度こそ姿を消した。 立ちすくむ榊先輩を一度も振り返ることはなかった。 だってもう、この演技をモノにすることができたから、付き合う意味はない。 「夏目ー、完璧だよ。次回作はぜひ悲恋ものをやろうよ」 「せやなー。任せい」 まさか榊先輩が、僕に一目ぼれをして、何とか気を引こうと浮気を繰り返し。 最後に見せた笑顔で、ますます僕に思いを深くさせたなんて、気づくはずもなかった。 おわり 無理矢理詰め込みすぎた。 演技派美人って最強。 |