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あの後、授業に行く気になれなかった僕は、演劇部の部室で仮眠をとっていた。
高校にいる間、少しでも演技に触れようと気休めに入った部活だけど、私立の演劇部だからかなかなか本格的で設備もいい。

「螢(ほたる)ちゃんそんなとこで寝てると風邪ひくでー」

何より、部長でもありすべての演劇の脚本、監督を手掛けるこの男、夏目(なつめ)のおかげで、この部活は成り立っていると思う。

「…夏目」
「まぁた会長さんですか」
「まあね」
「おうおう、麗しい顔が台無しやーん」

僕の名前を、『ほたる』と読み、エセ関西弁を使う夏目は、端から見ればチャラ男にしか見えない。コロコロ変わる髪色に、いつも陽気ににこにこ笑って真剣みがないし。まあ榊先輩ほどではないけど下半身はほどほどにゆるい。
それでも、僕は夏目の描く世界が好き。なにより、僕自身が演じてみたいと思う。

「なんかもう悲しい通り越してめんどくさいー」
「飽きた?」
「そうね。なんかいろいろ悟りを開けた気がする。僕こんなキャラじゃなかったのにな」
「…それってチャンスやん」

真剣な声色になった夏目には、逆らっちゃいけない。
2年間部活で一緒になって学んだこと。今の夏目は、演劇のことしか考えてない。

「チャンスって、どういうこと?」
「新しい自分に出会えたってことやろ?それって、新しく感情を知ったから演技の幅が広がったっちゅーことやん」

―――なるほど。

「悲しくて、悲しくて、好きなのに別れなきゃいけない。だから最後に、強がって別れる。そんな演技が今ならできそう」
「今の心境ぴったりやね」

小さいころ、麗さんが演じていた、見るものを惹きつける儚い笑顔。頬を伝う涙から目が離せなくて。
今なら、僕もできる気がする。

恋人を健気に思う主人公。でもその恋人は昔ながらの由緒ある家に生まれた御曹司。いずれは親が選んだ女と結婚しなければいけない恋人を思って、身を引く主人公。
設定はこう。
僕は健気に、一途に相手を思って身を引くなんてない。ましてや榊先輩のためなんかに涙は流すことはない。
今ここにいるのは、僕じゃない。別れを告げる相手も榊先輩じゃない。
僕が演じる『主人公』が、榊先輩が演じる『恋人』に別れを告げる。そう、それだけ。

「榊先輩、好きだったんだけどなあ」
「…もう過去形やん」
「まあね」

ぐずっ。
もう気持ちが入っている。

「舞台設定したるわ。おいで」
「ん」

夏目の腕が伸びて、胸元に引き寄せられる。
ぎゅう、と抱きしめられ耳元で優しく夏目の世界をささやかれ、僕は頭の中でそれを組み立てイメージする。

「――わかった、もうできる」
「よし、頑張り」
「任せてよ。僕はこの演劇部の看板女優なんだから」
「女優やないけどな」
「うるさい」

タイミングよくチャイムが鳴り響く。
榊先輩はセックスをしていなかったら基本は生徒会室にいる。
今日もいるでしょ、と僕は真っ直ぐ目的地を目指し歩き始めた。


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