∴ 3/4 あの後、授業に行く気になれなかった僕は、演劇部の部室で仮眠をとっていた。 高校にいる間、少しでも演技に触れようと気休めに入った部活だけど、私立の演劇部だからかなかなか本格的で設備もいい。 「螢(ほたる)ちゃんそんなとこで寝てると風邪ひくでー」 何より、部長でもありすべての演劇の脚本、監督を手掛けるこの男、夏目(なつめ)のおかげで、この部活は成り立っていると思う。 「…夏目」 「まぁた会長さんですか」 「まあね」 「おうおう、麗しい顔が台無しやーん」 僕の名前を、『ほたる』と読み、エセ関西弁を使う夏目は、端から見ればチャラ男にしか見えない。コロコロ変わる髪色に、いつも陽気ににこにこ笑って真剣みがないし。まあ榊先輩ほどではないけど下半身はほどほどにゆるい。 それでも、僕は夏目の描く世界が好き。なにより、僕自身が演じてみたいと思う。 「なんかもう悲しい通り越してめんどくさいー」 「飽きた?」 「そうね。なんかいろいろ悟りを開けた気がする。僕こんなキャラじゃなかったのにな」 「…それってチャンスやん」 真剣な声色になった夏目には、逆らっちゃいけない。 2年間部活で一緒になって学んだこと。今の夏目は、演劇のことしか考えてない。 「チャンスって、どういうこと?」 「新しい自分に出会えたってことやろ?それって、新しく感情を知ったから演技の幅が広がったっちゅーことやん」 ―――なるほど。 「悲しくて、悲しくて、好きなのに別れなきゃいけない。だから最後に、強がって別れる。そんな演技が今ならできそう」 「今の心境ぴったりやね」 小さいころ、麗さんが演じていた、見るものを惹きつける儚い笑顔。頬を伝う涙から目が離せなくて。 今なら、僕もできる気がする。 恋人を健気に思う主人公。でもその恋人は昔ながらの由緒ある家に生まれた御曹司。いずれは親が選んだ女と結婚しなければいけない恋人を思って、身を引く主人公。 設定はこう。 僕は健気に、一途に相手を思って身を引くなんてない。ましてや榊先輩のためなんかに涙は流すことはない。 今ここにいるのは、僕じゃない。別れを告げる相手も榊先輩じゃない。 僕が演じる『主人公』が、榊先輩が演じる『恋人』に別れを告げる。そう、それだけ。 「榊先輩、好きだったんだけどなあ」 「…もう過去形やん」 「まあね」 ぐずっ。 もう気持ちが入っている。 「舞台設定したるわ。おいで」 「ん」 夏目の腕が伸びて、胸元に引き寄せられる。 ぎゅう、と抱きしめられ耳元で優しく夏目の世界をささやかれ、僕は頭の中でそれを組み立てイメージする。 「――わかった、もうできる」 「よし、頑張り」 「任せてよ。僕はこの演劇部の看板女優なんだから」 「女優やないけどな」 「うるさい」 タイミングよくチャイムが鳴り響く。 榊先輩はセックスをしていなかったら基本は生徒会室にいる。 今日もいるでしょ、と僕は真っ直ぐ目的地を目指し歩き始めた。 |