∴ 星空パンダ

「―――別れてほしいんだ」

全寮制の男子校に高校から進んだ彼氏から言われた。
嫌な予感はしたんだよねえ…。
メールも電話も回数少なくなってきて。最初は遠距離だからかなって思ったけど。
あたしは俗に言う「腐女子」ってやつだから、そういう知識は豊富だし。
彼氏が最初、全寮制の男子校に行くって言った時は、遠距離を悲しむよりも「王道キター!!」って思ったくらいだし。

でもさ、やっぱり

「好きな、人ができたんだ……」
「…そっか…」
「―――ごめん…」
「別に謝らないでよー。別れても友達じゃなくなるってことはないんでしょ?」

悲しいもんは、悲しい。

久しぶりのデート。なのにどーんと暗い雰囲気を背負って待ち合わせに来るんだから、わかりやすすぎて思わず笑っちゃった。
「最後」だってわかったから、大げさなくらい笑った。そしたら彼氏もようやく笑うようになって、最後はいつも通りとはいかないけれど、二人で楽しくデートができた。

寮の門限に間に合わなくなる、と彼氏が言い出したので、寮まで直通のバス停まで見送る。すっかり夜が濃くなって、星がちらほらときらめいていた。
「今日満月だよー」
「おおー」

二人で空を見上げる。終わりが近づいているのがわかるのか、無言で歩いている。
別れ話は、最後に寄った中学の近くの公園で切り出された。だからこうして夜の道を歩いているあたしたちは、もう恋人じゃない。
あたしは泣けなかった。別れるって言い出したのは彼氏からなのに、言った本人が泣き始めるから。…こいつは、こういう奴なんだって。優しい奴だって知ってたから。そういうところに、あの人が惹かれたんだなあと思った。
彼氏とメールや電話をしているときによく名前が出ていた、王道的に言うと一匹狼の不良。たぶん彼氏は、そいつのことが好きになったんだろう。あたしとそいつの間で揺れて、一人で悩んで。――そして、そいつを選んだ。
女のあたしより、茨の道の男との恋愛を選んだ。それだけで、そいつに対する彼氏の気持は本物だと思う。

――もし、彼氏が全寮制の男子校に行かなければ。
あたしは、今も付き合っていたのだろうか。

そう思ったけれど、あたしは何も言えるわけもなく。
少し開いた距離で夜道を二人で歩いた。手をつなぐこともなく、会話もなく。
バス停につくと遠くからバスが近づいてくるのが見えた。

「…今日は、ありがとね」
「――っ」
「…そんなしみったれた顔すんな!!ちゃーんと明日からもあたしに高校のこととか報告しなさいよ!あんたの高校、萌えの宝庫なんだから!」
「なんだそれ!」
「あははは!!」

プシュー、とバスが停車する。

「またな」
「ん。またメールとか電話とかしなさいよ。…あんたの好きな人の愚痴とかも聞いてあげる」
「えっ!?」
「どーせあの不良なんでしょ?」
「―っ!!」
「腐女子の勘をなめないでよね」
「おれ…っ!!」
「別に責めてるわけじゃないのよ。まああの不良はぶっとばしたいけど。――あんたが悩んでたこと知ってるし」
「…っ」
「もー早くバス乗りなさいよ!行っちゃうわよ!」

ばしん、と背中をたたく。ちらちらとこっちを見ながらも入口に足をかけて中に入っていく。ドアが閉まる。後ろの席に移動した彼があたしを見ている。

「泣いてんじゃないわよ馬鹿…」

あたしが手をふると、ちぎれるんじゃないかってくらいの勢いで手を振り返してくる。
バスが右折して見えなくなるまで手を振り続けた。右手が痛くなった。

「かえろ…」

今度は一人で来た道を戻る。自然と視線が下に向いてしまう。上を向いて歩こう、と今度は意識して空を仰ぐ。月と星が滲んでぼわんとしたただの光になってしまっている。今日はたぶん泣いてしまうと思ったから、事前にウォータープルーフのマスカラを塗って来たけど、それでもこすったら取れちゃう。
…でも今日くらいは悲惨な顔してもいいか。手で思いっきり目元をぬぐう。ラメやら黒いラインやらが一緒に手の甲にこべりついた。

「男同士の恋愛は好きだけど、あいつは巻き込まないでほしかったなあ……」


――あーあ、この展開は、全然萌えない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

腐女子だからって、
彼氏が他の男と付き合って
悲しまないわけないと思う。


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