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――やっぱり、彼と僕は合わないのかもしれない。

そんなことを考え始めたのは、付き合って1ヶ月くらい経った時、休みの日に先輩に連れてきてもらったオシャレなカフェで、店員さんが何気なく「今日は見たことない子ですね、同じ学校の子ですか?」と尋ねたとき。先輩は「ああ、後輩」とそっけなく答えたけれど、ここには今までの彼女や、もしかしたら彼氏も連れてきているんだなあと思ったら、もうどろどろとしたものが頭の中でうずいて、せっかくのデートも全然楽しくなかった。

先輩はキスやセックスも、すべてが僕を翻弄するくらいに上手だ。僕があまり経験がないからかもしれないけれど。いつもぐずぐずに溶かされて、服を器用に脱がされ、翌日は全身が痛くなるほど酷使される。それだけ求められているということは幸せだったけれど、やっぱり慣れているなあと思うと、体は熱く高まっているのに意識はどんどん浮遊して先輩との行為に溺れれなくなるほど、つらくて悲しくなる。

それに先輩は贔屓目なしに整った顔をしている。総てが他の人たちよりも秀でており、生徒会長という役職にもついていた。帝王、というあだ名を付けられるほど先輩は崇められていた。比較的顔のレベルが高い全寮制のこの男子高でも有名で、親衛隊なども作られているほどだ。

先輩はまさにオス、という感じで、性欲も強くある。特定の相手がいないときはセフレと呼ばれる人たちを抱いて発散していたらしい。僕が初めてだと勘違いをしていたみたいで、先輩はなかなか僕に手を出そうとしなかった。だけど人一倍性欲が強く我慢をしたことがない先輩は、入れることはなくてもセフレをよんで舐めさせてたりしてたらしい。そのセフレの一人と言う人に呼び出された。「この教室で抱かれたこともあるんだよ」散々嫌みを言われた後、そう締めくくられ僕はその教室に取り残された。幸いそのような嫌がらせは先輩がセフレたちに何かをしたのか、それで最後だったけれど、僕はその一回が鉛のように重く心に残っている。そのあと僕が初めてではないと知ってからは獣のように抱かれたけれど。僕はその教室に入れなくなってしまった。

先輩と付き合って、ふとしたことでそんな風に思う自分がいやになった。昔は親衛隊の存在を馬鹿にしていたのに、今では僕は女みたいに嫉妬して、汚い自分が現れる。
―――僕は、耐えられなくなっていた。
先輩を好きだと思う気持ちよりも、僕自身を取り戻したいという気持ちの方が強かった。そして、先輩が卒業するときがきた。
僕が高2の夏に付き合ったから、お別れは意外と早かった。先輩はここの高校の系列の大学に進学する。大学は全寮制ではないので、先輩は近くにマンションを借りて一人暮らしをするみたいだ。別に大学と高校は遠いわけではないが、それでも同じ高校に通っていたときよりは気軽に会うことはできなくなる。

「先輩、大学でも頑張ってくださいね!」
「ああ、日生(ひなせ)もな」

ぽん、と骨ばった大きな手を頭の上に乗せられる。そのぬくもりに少し涙が出た。

「泣くなよ…別に永遠の別れじゃねえんだし」
「――…っ」
「な?」

正門の前、大勢の人たちのいる中、先輩は少し微笑んで僕にキスをした。人前だと言うのに僕の舌を絡める激しいディープキス。唇を離したら唾液の糸がつぅーと先輩と僕の間に引いて、それが太陽の光に反射してきらきらと光っているのが酷く卑猥だった。

「またな、日生」
「――はい、さよなら、紫(しの)先輩」

大学はここと違って男女共学だ。かっこいい先輩にはすぐにたくさんの人たちが群がるだろう。先輩はもともとノンケで、高校に入ってからバイになったんだ。もともと女の人の柔らかさを知っている人なんだから、僕のことなんて忘れてしまうだろう。それに、先輩は大学から親に小さな会社を任されることになっている。忙しさも加えて、すぐに会えない男よりも近くにいる女を選ぶのは必然の未来だ。人一倍性欲が強い先輩だし、きっとまたすぐに女遊びを再開するのだろう。


―――さようならは、僕の先輩との付き合いを終わらせる、別れの言葉だった。


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