∴ もう届かない(浮気男の後悔)

付き合っている男がいる。
俺とは正反対の、女顔でおとなしそうな美人。
俺が何をしてもなんにも文句言わないから、文字通り好き勝手してやった。抱いて欲しいという奴は男女問わず何人も寄って来た。男はあいつ以外もう手を出す気にはならなかったから、代わりに女を片っぱしから抱いてやった。
でもあいつは、何も言わなかった。ただ黙って困ったように笑っているだけだから、俺はまたむしゃくしゃして、今度はあいつを傷つけるようなことばっか言った。待ってるって言われて、わざと合コンとか行って夜遅くに帰ったりした。あいつの誕生日にも、家で女抱いてた。

そんなにしても、あいつは離れていかなかったから。
ただ、困ったように笑っていただけだったから。
―――こいつは、何をしても、俺から離れていかない。
そんな変な自信がついて、まるで俺はあいつが俺のものだというよりにさらに勝手にふるまった。

そんな関係が半年続いたとき。
あいつが俺とは違う、硬派な男前と一緒にいる姿をよく見かけるようになった。
俺には長いこと見せていなかった、満開の笑みを浮かべて楽しそうに会話をしている。
あいつの隣にいる男は、熱をはらんだ目線であいつを甘くとろけるように見つめていた。それは一目見て、恋をしていると分かるものだった。
ふ、とあいつが小さな段差に躓いて前のめりになった。あっ、と俺が思ったときには、そいつはするりと簡単にあいつの腕をつかんで自分の胸元に引き寄せた。
照れて赤くなりながら笑うあいつに、大丈夫か、と心配するように頭を撫でる、俺じゃない男。

「………むかつく」

無意識のうちに出た言葉に、自分でも驚いた。思わず口を押さえると、周りに居たツレや女がどうした、と声をかけてくる。

「なんでもねえ」

その声で俺が近くに居ることに気づいたのか、俺の姿を探すようにきょろきょろとし出すあいつ。
―――おまえは、俺のものだろ?

「っきゃ…!」

見せつけるように、そばにいた女の唇をふさいでやった。
めちゃくちゃに舌を絡めながらあいつの顔を見ると、あいつは信じられない、と顔を真っ青にしながら、涙をぽろりと零した。
その光景に満足をして女を離そうと肩に手をのせた瞬間、あいつの後ろにいた男が、そっとあいつの目を掌で覆い隠し、ぎゅっと包むように抱きしめた。
そして俺を睨むこともせず、ただあいつを大事そうに守りながら、その場から離れて行った。

どこか期待をはらんだ熱のこもった目で見つめてくる、今まで唇を重ねていた女には見向きもせず、俺はあいつが消えていった方向をじっと見ていた。

その数日後、あいつはあの男の隣で笑っていた。男はゆっくりとあいつの歩調に合わせて歩いている。その光景を呆然と見つめていると、あいつが俺に気づいた。
男に何か一言言って、俺の方に駆け寄ってくる。

「な、んだよ」
「今までごめんね。僕、迷惑だって分かってたのに、いつまでも決心がつかなくて…」
「は、何がだよ…」
「今まで、ごめんね。やっと離れる勇気が出来たんだ」
「……」
「いくらひどいこと言われても、女の人抱いてても、君のこと、本当に好きだったんだよ。でも、君があのときキスしたとき、僕ショックで泣いちゃったんだけど、そのとき、やっと気づいたんだ」
「―――何を?」
「いい加減、やめなきゃなって」

ふわり、と可憐に笑った。
いつの間にか後ろに男が立っていた。俺を睨み続けている。

「ばいばい」

そういうと、あいつは男の腕をとって、俺に背を向けて歩きだした。


―――付き合っている男がいた。
俺とは正反対のタイプで、でも、笑うと花が開いたみたいにめちゃくちゃ可愛い、そんな奴だった。


おわり

最低男を書きたくなった。


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