∴ 06

「え、と」
「俺の名前知ってる?荒巻春日(あらまき・かすが)って言うんだけど」
「あ、存じ上げております…」

噂に疎い僕でも知っているほどの、有名人だった。
部長から荒巻さんの名前もちょくちょく聞いていた。
風紀、生徒会にも所属していないのにそれと並ぶくらいの人気者の、センパイ。

「森高映(もりたか・えい)くんだよね、よろしくね」
「は、はい」

こんなすごい人でも、僕のもはや根拠のない噂を頼りに来たりするんだ…。

「写真撮ってほしいんだ。お願いしていい?」
「あ、は、はい。場所は…」
「俺の部屋でいいかな?」
「え?」
「……だめ?」

ふつう写真を撮るときは、景色や光の具合がいい場所を選ぶはずなのに。
少し疑問に思ったけれど、そういう人もいるかなと軽い具合で流す。すぐに了承すると、ありがとうとふわりと笑顔を返された。わあ。




一緒に廊下を歩くと、まばらだとはいえすべてのすれ違う生徒たちに振り向かれる。そうだよねえ、僕もびっくりだよー。
にこにこしながら僕に話しかける荒巻さんに、イケメンだーと思いながらも僕も相槌をする。
廊下の隅できゃあきゃあ言っている集団の中には、小原くんの姿もいた。目を丸くして驚いてる彼に、僕も困った顔を返した。



「じゃあ、お願いします」
「あ、いえ、こちらこそ」

ぺこりとお辞儀をお互いし合う。


「…荒巻さんは、なんで写真を?」
「映くんに撮ってもらうと、恋が叶うって聞いて」
「そ、そうですか」

ふわりと笑顔。慌ててシャッターを切る。
すごいいい顔をするから、見逃さないように何枚も何枚も撮っていると、いつもの3倍以上の量になってしまった。

「すごいね、この写真」
「荒巻さん、すごいです。モデルとかしてますか?」
「昔誘われてしてたけど、どうして?」
「いや……僕、こんなに写真撮ったの初めてなんで…」

いつも撮る人たちは、やっぱり撮られることに慣れていないから、表情が硬かった。それを引き出して写真を撮ることが多かった僕は、素直にセンパイに感心をしていた。
すごいなあ。


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