∴ 03

「あ、」
「?」

そのまま出ていくかと思ったイケメンは立ち止まると、振り返っておれの方を向く。目が合ってちょっとびっくりすると、

「ねえ、今日何時まで?」
「え?」
「シフト」
「え、っと、6時までです」
「明日は?」
「は?は、入ってない、っす」

矢継ぎ早に来る質問に、訳が分からずたどたどしく答えると、「そう」と満足して笑った。

「じゃあ、また迎えに行くわ」
「…へ?」
「バイト頑張って」

……迎えに行くって、なに?
完璧に意味がわからんと思いつつ、マニュアル通り対応する。ひらひらと手を振られたから、何も考えずに手を振りかえす。




「おつかれっしたー」
「んー」

朝6時。無事バイト終了。
最近日の入りが早くなったから、もう明るい。毎回この時間になると、小学生のときのラジオ体操を思い出す。ハンコ貰いに夏休み毎日行ってたなあ。
なんかの鳥がさえずる音を聞きながら、廃棄済みの弁当を数個もってほくほくと道を歩く。
朝だっつーのにおれの家の前の道は不気味だ。
昔はもっと日が照ってたらしいけど、何年か前にでっかい高級マンションが建ってから遮断されたらしい。迷惑だなあ。
まあ別に遮断されるとか言っても、洗濯物乾かしたりするには充分な明るさだからなんの支障もないけれど。


「ねみー」

働いたし今日は土曜だし、一寝入りするか。
起きたら大学の課題でもやろう。
今後の1日のスケジュールを立てると、なんか有意義に過ごせそうな気がする。
よし、と気合を入れてアパートの階段を上がろうとすると。

「吉瀬くん」
「――――へ?」

おれを呼び止める声がする。振り返ると、ラフな格好なのにイケメンだと分かる長身の黒髪の男の人が立っていた。

「迎えに来た」
「……え」
「じゃ、行くか」
「……へ???」

ずるずると戸惑うおれの腕をつかむと、どこかに連れ去ろうと歩いて行ってしまう。呆けていたおれは正気に戻って抵抗するけれど、同じ男なのにまったく太刀打ちできなかった。伊藤にもっと肉食えとかもやしとか言われていた理由が分かった……。
顔も体型も劣っている自分にずーんと沈んでいると、手首を持っていた手はいつの間にか恋人つなぎになっていた。目にもとまらぬ速さとタイミングにただ驚くばかり。

「はい着いたー」

それは、おれの家の前にある、でっかい高級マンションの4階だった。


「へ?へ?」
「なに、覚えてねえの?お前のバイトが終わったら迎えに来るってゆったじゃん」
「え、え、っ」
「さー入って入ってー」

そうして流されるまま部屋に押し込まれる。
ガチャリと鍵が閉まる音がした。




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