∴ 09

てとてとと小走りに自分の部屋に向かう。一年中肌寒い部屋だから、防寒用具はいつも必須。ちょうど城の中でも影になっているところにあるから、薄暗い。はやくミツミさまのところに戻らなきゃ。畳んであったパジャマと代えの下着を抱えて、一日でも離れたくないからと母様の編んでくれた真っ白のセーターも持って部屋を出る。鍵は前、誰かに壊されてしまった。ハイド様が新しくチェーンを付けてくれたけど、それは部屋の中からしかできないから、鍵は開いたままで出ていくことになる。でも別にとられちゃいけないものは、母様のセーターだけだし、と特になにも気にすることなく扉を閉める。

「…えへへ」

ミツミさまと一緒にベッドで眠る。
なんの話をしようかな。僕にも異世界のお話、いっぱいしてくれるかな。
ぎゅうと胸に抱えたセーターとパジャマを抱きしめて走る。あと1階登れば、ミツミさまの部屋だ。

「――――おい」

だけど階段を上りきる前に、捕まってしまった。

「セシル、様……」

青白く光る、きれいな髪の毛。なのに顔は意地悪に笑ってる。

ぎゅうと抱えている服を抱きしめながら後ずさりするけれど、セシル様もどんどん追い詰めてくる。とうとう壁際に追い込まれると、ドンと両手が壁について逃げられないように囲まれてしまった。

「最近楽しそーでいいなあ?ミツミサマが来たから周りにもなんも言われねえみたいだしなあ」
「ぁ……」
「神子サマに、守ってもらって嬉しかったか……?」
「そ、な…」
「そのキレーな顔つかって、誑し込んだのか?……首元、えらく情熱的なやつなんだなあ神子サマは」

首元…。そのフレーズで、図書館でミツミさまになにかをされたことに気づく。反射的にばっとそのあとを隠してしまうと、セシル様の顔がまた歪んだ。

「ははっ……―――――図星かよ」

ぎらりと目がきつくなった。怖くて手の中のものをぎゅと握りしめると、大きな舌打ちと拳が壁に叩きつけられる音がして。びっくりしてひるんだ隙に、手の中のものを奪っていく大きな手。

「…こんなもんはいらねえよなあ」

セシル様の指についていた大振りの宝石が光る指輪が、セーターの糸に引っかかる。
それにイラつき舌打ちを零すと、力のかぎり引きちぎった。
あまりのことで、なにも言葉が出なかった。

穴が開いてしまった。母様の手作りのセーター。
小さくなってしまったけど、一生懸命僕のために編んでくれた、思い出のセーター。
はらりと手から落とすと、そのまま見向きもせずにセシル様は立ち去ってしまった。遠くでセシル様を呼ぶ、甘ったるい女の人の声が聞こえた。


はやく、行かなきゃ。でも、体が動かない。
そんなとき、こっちに向かってくる足音が聞こえる。ぎゅうとばれないように目をつむるけれど、ぴたりと止まった足音は、僕の目の前で止まった。

「……なんだ、泣いてるのか」
「―――カイル、さま…」

しゃがみこんでいる僕を、カイル様が見下ろしている。僕の顔をじっと見ていたかと言うと、急に顔をしかめた。

「なるほど、セシルが言っていたのはこのことか……」

小さくそういうと、足元に落ちていたセーターを思い切り踏んづけた。
驚愕で小さく悲鳴を上げる僕を見て


「――――ゴミかと思った」



そう言って笑うと、僕の顎を思い切り上に上げると、そのまま唇を塞いできた。

「〜〜っ!?」

訳も分からずされるがままだったけれど、はっと意識を取り戻して抵抗する。だけどカイル様が加えてきた暴力の痛みがよみがえって、思い切り突き飛ばしたりはできなかった。震える手で胸元を恐る恐る押し返すと、逆にどん!と思い切り突き飛ばされた。

「……お前にはお似合いだよ」

そう言ってセーターをもう一度蹴飛ばして僕を嫌悪の表情で見て、カイル様は足早に去って行った。


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