∴ 03

だけどドアに向かう直前、ちらりとお金のことが頭に浮かぶ。

「……うう」

――――散々悩んだけど、もう二度と会うことはないだろうし。
……取っても、問題ないんじゃないのだろうか……。
引っ込んだはずの悪魔が出ておれにそう囁く。

「―――ごくん」

つばを飲み込む音が思いのほか大きく響く。
そろりと落ちているサイフに手を伸ばす。
胸の鼓動がばくばくと響いて、汗もでてきた。
指が震える。

20万、20万―――――。


だけど、やっぱりちきって取れなかった。

「ああああ無理だよもう……かえろ………」

目の前にほしい金額が無防備に転がっているのに、取れない。
あと5センチというとこまで伸ばしたけど、それ以上は動けなかった。

もうだめだ、帰ろう。
こんなとこいつまでもいたら、なにされるかわかんない。
お金なんてもういいや。だからおれがナニかをされる筋合いはない。

「はやく帰ろ……」


座り込んで床に向かってため息を一つ吐く。静かな空間におれのため息だけが大きく響く。なにか違和感が起こりながらも立ち上がって帰ろうとしたら。


「金とって逃げなかったのは褒めてやるよ」
「―――――っ!?!?!?!」


ぐいっと上に引き寄せられ、濡れた肌に押し付けられる。
まぎれもなくそれは、シャワーを浴びに行ったはずの男の胸元だった。

「うわあああっっ」
「……おっと」

慌てて逃げようとしたけど、濡れた胸元にもう一度押し付けられる。

「うえっ、えっ」
「どう見ても逃げようとしてる奴を置いてのんきにシャワー浴びてるわけねえだろ」

そうしてまたもう一度、逃げ出したばかりのベッドに押し倒される。
今度は抵抗できないように、その人がさっきまでつけていたネクタイで両腕を縛られて。
なんて難易度の高いSMプレイなんだよおお。
もはや半泣きで抵抗しても、にやりと笑うばかり。
ど、どSだっ、ド変態だこの人!!!!

「も、もうお金はいりませんんん、だからお家に帰してくださいい…っ!!」
「――――お前、何か勘違いしてんな」
「ええ…?」


「金を払わねえから帰すとか、んな甘ったれなこと言ってんな。俺はお前が気に入ったから抱きてえ。そんだけだ」


いやいやいやいや!!
おれの意思はっ!!!???


「やだやだはなせばか――――」
「諦めろ」



床に落ちている諭吉がおれの最後のまともな記憶だった。



おわり


スランプなう☆


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