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「こらこら、茅ちゃん…老人はもっと労わりなさいって」

ぎゅう、とそのまま抱きついた茅の頭をしわくちゃの手が撫でる。それに気持ちよさそうに茅は目を細めた。
―――長老、本名 棚橋靖(たなはし・きよし)は、この学園に42年間務めているベテラン社会科教師である。最初はおじいちゃんと言われ親しまれていたが、誰かが「そっちの方がかっこいい!」と長老と呼び始めたことから定着したあだ名である。
同性愛がはびこり、親衛隊や制裁など大っぴらに公言できないことも存在するが、みな一様に老人にはやさしく、そのため長老は会長のような俺様や一癖ありそうな風紀委員長にさえも慕われていた。

「長老、今週で定年退職なのっ!?!?」
「――そうだねえ」
「なんですぐに言ってくれなかったの……っ!あと3日でお別れなんだよ…っ!!」

ぽろぽろ、と涙が茅の頬を滑り落ちる。

「そしたら、僕、仕事ばっかやってなかったのに…っ、お別れだってっ知ってたら…っ」
「だめでしょ、茅ちゃんは副会長なんだから」
「長老のほうが大事だもん!!!」

―――本当の御堂茅という人物は、涙もろく、口下手で照れ屋な、ただの不器用な一人の高校生である。

「やだやだっ、じゃあせめて僕が卒業するまでここにい…っ」
「――茅ちゃん」
「〜〜うぇえ……」

無理だってわかってる、わがままだってわかっている。
それでも離れたくない。

「長老がいなきゃ、僕、っ!!」

――茅はまわりの評価を悪い方に勘違いしていた。
腹黒そうとか、冷たいとか…。茅は廊下で生徒たちが言っている言葉をすべて茅の悪口だと思っていたのだ。でもそこが素敵だよね、と続く言葉を知らずに。つらくて、つらくて。生徒会メンバーはほかの生徒たちよりは信用が置けるが、それでも本当の自分をさらけ出せない当時高校1年生の少年にはつらい現状だった。

――そもそも茅が人前で自分を出せなくなったのは、小学生のとき、えぐえぐと毎日泣いていたことを女みたいだと馬鹿にされ、意地悪なことを言われてからだ。小さい時のトラウマは今も茅の心にあり、それからは人前で泣いたりしないようにしていた。

そんなとき、つらいことは重なるように大好きな祖父を亡くして毎日泣いていた時期に長老と呼ばれる一人の社会科教師に出会った。
茅が学校で唯一素でいれる場所が、長老のいる社会科準備室だった。
時々、長老が入れてくれたお茶を飲み、茅が持参した手作りのお菓子を食べながらおしゃべりをする。その時間が茅にとってはかけがえのない大切なものになった。

本当のおじいちゃんのように慕っていた長老が、学校からいなくなる。
考えただけで涙が止まらない。

「長老のばかっ!!ばかっ!!!」
「―――茅ちゃ…!」

えぐえぐ、と泣きながら茅は社会科準備室を後にした。

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