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「――だから、進行は―――」

とうとう長老が定年退職してしまう前日まで来てしまった。
会長の話す言葉を右から左へ流しながら茅は考える。
あの後、どうにか泣きやんで生徒会室に行こうとしたが、泣きはらした目で行くのは避けようと結局自室に籠ってまた泣いた。次の日めずらしく眼鏡をかけ、泣いた跡を隠すように生徒会室に行った時も生徒会のメンバーは心配そうな顔で茅の様子をうかがっただけで特に何も言ってこなかった。その時はメンバーの優しさに感動してまた涙が出そうになったがぐっと我慢した。

そして

「――や、茅!」

ぼーっとしていた目線の先で、いきなり大きな手が現れパンッと音を鳴らす。
びくっと肩を震わせ慌てて見上げると、片眉を器用に上げた会長がじっと茅を見ていた。見まわすと、書記と会計の双子が心配そうにこちらを見ていた。

「なーんも聞いてなかったな、お前」
「す、すみません…」

事実だったので反論もせず、茅は体を小さくし素直に謝る。そのことにため息をついた会長はまあいい、と言い

「お前、長老に花束贈呈しろ」
「…えっ?」
「その方が式がスムーズにいくんだよ。反論は認めねえ。花束は理事長が発注したもんを渡せばいい。何か長老に言いたいことがあんだったら今のうちに考えとけ。手短にな」

理事長のことだ、たぶん馬鹿でけえ花だぞきっと…。そう言ってまた会長はため息をついた。

「…わ、かりました…」

あの日茅が泣きながら飛び出して行ってから、長老には一度も会いに行かなかった。気まずかったし、なにより会ったらまた泣いてしまいそうだったから。このままでいけないと思ってはいたが、結局何もできずとうとう明日は離任式。時間だけが過ぎてゆく。茅は自然と唇を噛みしめていた。


「「茅ちゃん大丈夫〜?」」
「っえ?」
「……手、止まってる…」
「っあ…」

30分前からパソコンに向かっていたはずなのに、画面には文字は1行もなかった。

「それにため息ばっかりだし」
「ぼーっとしてるし」
「「どーしたの?」」

双子が自分の椅子の背もたれに腕をのせて目をくりくりとして問いかける。それに茅は無言でほほ笑む。その儚さに生徒会室にいた全員が思わず見惚れた。ごほん、と邪な考えを振り切るように会長は一つ咳をすると、茅を真っすぐ意志の強い眼で見た。

「茅、お前今日は帰れ」
「―――えっ?」
「今別に急いでまとめる資料もねえし、今日は4人で大丈夫だ。明日は朝7時半に講堂に集合。そんときに説明は聞け。――じゃあ今日はゆっくり寝ろ」

おやすみ、パタン と生徒会室の扉が閉じ、茅は外に出された。
しばらくどうしようかと佇んでいたが、ふう、とため息をひとつ零し自室に戻ることにした。

「…会長、おやすみ、早い…」
「うるせーよ、アイツぜってえ寝不足だろ」
「まあねー、茅ちゃんおめめ赤かったもんねー」
「真っ赤だったねー」

ぷくく、と茅が去った後にたくさんの仕事に追われながら、残されたメンバーは楽しそうに会話をした。会長が茅に言ったまとめる資料がない、というのは真っ赤なウソで、むしろ人手が足りなくて困っていたのだが。それを知りながらも会長を止めなかった会計と書記は、やっぱりこの人はすごいなーと会長に対し漠然とした尊敬の念を持った。恥ずかしくて口には出さなかったが。


茅は久しぶりに放課後の夕焼けに染まった廊下を歩いていた。いつも生徒会の活動をしていると夜7時は絶対に過ぎてしまう。どことなく新鮮な気持ちで、まばらに散っている生徒たちの間を歩いていた。
(会長…僕に気を使ってくれた…)
もちろん茅も今の生徒会の仕事量はわかっていた。自分一人が抜けるのは彼らにとって大きな痛手だと。しかし今の自分は戦力外にもほどがあるので、おとなしく会長の好意に甘えさせてもらった。

そんなことをぼーっとしながら考えていると、目の前に長老の姿が見えた。途端強張る体。どうやら無意識のうちに社会科準備室に足を運んでいたらしい。しかし長老は茅に気づくことはなく、たくさんの生徒たちに囲まれている。

「ちょうろおおお!!!」
「君はね、体はがっちりしてるのに泣きすぎだよ」
「ちょうろ〜〜っ!!」
「はいはい」

体育会系の人や、女の子のように小さな男の子。たくさんの人に別れを惜しまる中、長老は笑っている。

「最後くらいは笑って終わりたいものだね」

困ったようにそう零し、次々と渡される花束や贈り物を受け取る。持てないから、と社会準備室の扉を開けて中に入っていく。茅は長老が準備室に入っていくまで、ずっと見ていた。



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