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「チロ、今のほんとか?」
誤魔化そうと思ったけれど、チロの顎をくいっと持ち上げて見つめる黒崎の視線は、いつもと違って真剣そのものだったから、そんなことはできなかった。
恥ずかしさで潤んだ瞳で、こくり、と小さくうなずいた。
それに息をのむ黒崎と、その他多数。
ほかのクラスは授業が始まっているので、廊下には教師がなにかを説明している声と、板書のためにチョークがカツカツと鳴る音がやけに大きく響いた。
Sクラスはそれどころではなく、いつも空気を読まない井上もこの時ばかりは固唾を飲んで黒崎の行動をじっと見つめていた。
「―――そうか……」
絞りだすようにつぶやかれた声は、想像と違って弱弱しかった。
もっと黒崎なら、手放しで喜ぶと思っていたのに。チロもいつもと違う黒崎の様子にはてなマークを飛ばす。
ふ、と見上げれば、目元を片手で覆っている黒崎の姿があった。
「セ、ンセ………?」
「―――千紘、」
「―――っは、い」
珍しく名前で呼ばれたからか、高鳴る心臓。
「――もう、離せねえからな」
――――愛してる。
最上級の愛の言葉を囁くと、チロの頬に手を添える。
そのあとだんだんと黒崎の顔が迫ってきたのを感じ、チロは自然と目を閉じた。
ふわりと唇に熱が落とされる。それはまるで、結婚式で行われる誓いのキスのような、やさしい永遠性を感じるようなキスだった。
「なぁチロ。ちゃんと言葉にして言えよ?」
「…ふぇ…?」
ぼお、と熱に浮かされたようにぼおっとするキスの余韻に浸っていたチロを現実に呼び覚ますように、いつもの調子に戻った黒崎は突然言葉を発する。
案の定わからないといったように聞き返すと、にやりと口角を上げると、
「俺のこと、どう思ってるって?」
意地悪く聞かれたことに、一気に顔が赤くなる。
それを見て「またいつものように戻ったよー」と残念がる言葉とは裏腹に楽しそうな声色の架月の言葉が聞こえた。
「大きな声で、周りに聞こえるように言えよ?」
「〜〜〜っい、意地悪だ…っ!!」
「意地悪だけど?でもお前、そんな俺のこと――」
色気たっぷりに迫ってくる黒崎から逃れるように体を捩らせながら、
「〜っす、好きだもんっ…!大好きだもんばかっ!!!」
その言葉にぴたりと動きが止まった。
不審に思いながら振り向くと、急に足が地面から浮き、体がふわりと持ち上げられていた。
「ひゃ…っ!!」
一連の様子を見ていた井上たちがはあ、とため息を吐く。
(勃ったな、くろやん…)
(男の性だな…)
(あーあ、チロちゃんって小悪魔ー)
「セ、センセどこ行くのっ!?」
「うるせ」
「じゅ、授業は…?」
「…」
しゅんとしょげたチロのおでこにちゅうをし、うるさいと冷たいことを言ったことを詫びると、そのまま黒板に向かう。そして白いチョークで大きく「自習」と書き込んだ黒崎は、もう何も思い残すことはないとそのまま教室の外へと足を運ぶ。チロの文句などはすべて無視である。
「…くろやん、あんまいじめんなよ」
その言葉には明日も学校があるからあまり無理をさせるなよ、というチロの体力的な心配の意味が存外に入っていたが。
井上の言葉に何も答えず、黒崎は真っ赤になったチロをお姫様抱っこで抱きかかえると、ただニヤリと笑いながら片手をあげて教室を出て行った。
忠告の結果は、次の日学校を休んだチロと、やけにすっきりした幸せな様子の黒崎の首元にうすく色づいた、ひとつのキスマークが物語っていた。
end
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