∵ 01

そういえば、ずっと前からおかしいと思うところはあったのだ。


霧埼学園高等部2階の南廊下。
食堂へと続く通路は、昼以降はすいている。チャイムが遠くで鳴るのが聞こえたと思うと、がたがたと椅子を引く音や、話声がとたんに溢れかえった。
穂積尊(ほづみ・みこと)はそんな物音を聞きながら、自分の仕事場の保健室を目指す。そして恋人の榎本陽摘(えのもと・ひつみ)を見つめながら、昔を思い出し自嘲気味に笑った。



尊は大学4年生のときに付き合った。そのとき陽摘は高校1年生だった。
最初はフランス人形みたいな綺麗な男子高生がいると大学で話題になったことから始まった。小柄な体格と、それにぴったしとおひめさまのような整った顔立ちに、噂は大学内をあっという間に駆け巡った。
ここらへんでは見ない制服を来た男は、誰か人を探しているようだった。
授業をさぼって課題をやっていた俺が興味本位に覗いて見ると、かわいいかわいいと言う女子大生の集団が目に入った。


「あそこにいんの?」
「尊くん!」

近くにいた女に適当に声をかけて聞いてみたら、黄色い声が返ってくる。顔を見ると、なるほどこいつは俺が昔適当に食ったやつだった。
めんどくせえことになりそうだとため息を吐いていると、その集団が突然分かれた。

「見つけた」

男、陽摘はまっすぐ俺の方を見つめながら、そういったのだった。




「あなたが国見統臥(くにみ・とうが)のストーカー?」
「…は?」

俺が声をかけた女から目を逸らさず、一歩一歩近づいてくる。


「僕、霧埼学園高等学校から来ました、榎本陽摘って言います。率直に言います。国見統臥に対する迷惑行為をやめてもらっていいですか?」
「―――えっ」

動じる女を後目に、陽摘は言葉を続ける。辺りはなんだかわからないけれど空気は読んだ方がいいと、しんと静まり返っている。

「統臥、迷惑してるんです。ありもしない噂を立てられてあなたに追いかけられて。…年上なんだから、そこらへんは自重してください」


ふわりと笑うと、女の耳元でそっと何かを囁く。
次の瞬間、真っ青になったかと思うと、女はその場を走り去ってしまった。
陽摘はその後ろ姿をじっと見ていたかと思うと、ふうとため息を吐いた。



「……はぁ、疲れちゃったなあ。お姉さんたち、案内ありがとう〜!」

次の瞬間、女子の集団に向かってにこりと満面の笑みでお礼を言う陽摘の姿に、何人かはノックアウトされた。女子は「かわいいいい!!!」と悲鳴を上げる。じゃあね、と立ち去ろうとした陽摘を思わずひきとめたのは、ほとんど無意識だった。

「……なんですか??」
「……このあと暇?」


穂積尊がとうとう男にも手を伸ばした。
そう大学内では噂が回ったらしい。
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