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「おら陽摘。無視すんな」
「っち」

しびれをきらした尊が陽摘の腕を引くと、付き合っていた当初では聞くことがなかった舌打ちが尊の耳に届く。
統臥はそれをみて「うわあまじで本性ばらしてんじゃねえか」とちょっぴり引き気味である。

「榎本?」

怪訝そうな凪の声に、陽摘ははっとし、凪くんの前では変なとこ見せられない…!というまさに息子の好きな人の前で取り繕う母親の気持ちになる。そして見事にそれまでの不機嫌な顔とは一変した、天使バージョンの陽摘に変化した。

「どうしたの、穂積センセ?」

きょとん、と小首をかしげる容姿だけは最上級な、フランス人形のような美しい顔に笑顔を浮かべる。
その顔に俺は今までだまされてきたんだな、と妙にむなしい気持ちになりながらも、尊はこれ幸い、と陽摘を抱きしめ耳元で囁いた。

「今夜俺の部屋来い」
「やだ」
「…恋人だろ、俺ら」
「はあ?」

心底馬鹿にした顔で、凪に背を向けているからと本性を現した陽摘が返す。

「もう別れましたけど?」
「俺は了承してねえから」
「しつこい男、嫌いなんだけど」
「お前だけだから」甘い言葉を囁くことが苦手な尊としては、最大級の愛の言葉を捧げたつもりだが、それも一蹴される。

「ボク、浮気する男の人って嫌いなんですゥ」

そういって去り際に思い切り足を踏んづけるのを忘れずに、するりと胸元から陽摘は出て行った。

「…気にしてんじゃねえか」

畜生、と尊は付き合っていたときには陽摘の演技を見破れず好き勝手していた自分を嘆いた。


end


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