∴ 涙は女だけの武器じゃない

榎本陽摘(えのもと・ひつみ)は、そのフランス人形のような美しく可憐な顔立ちで数々の人間を魅了し、学園内で主催される抱きたいランキングでは2年連続1位という快挙を成し遂げるほど人気の生徒である。
また、陽摘はヤリチンとして有名だった国見統臥の親衛隊長としても名を馳せていた。
しかし陽摘と統臥は幼馴染という関係だったため、もちろん恋愛感情もましてや性的関係もなく、一番古い付き合いの友人という純粋な友情しかなかった。

そんな彼が今一番気になるもの。
それは、

「統臥!凪くん来たよ!はやく動け!」
「陽摘うるせえよっ」
「つべこべ言わないでよばかっ!」

ぼこ、と天下の生徒会長を簡単に足蹴にし、ばかと暴言を吐く陽摘にはもはや昔のおしとやかというイメージはなく、今は統臥と凪の恋を率先して応援するお母さん、という言葉が学園中でまことしやかにささやかれ、昔とは違った感情でさらに人気を高めている。

「隊長、そういえば彼氏さんとはどうなったんですか?」

一人の親衛隊員が、統臥を凪の元へと送りこみ達成感でいっぱいの陽摘にそう質問する。

榎本陽摘には、外部に恋人がいたのだ。

会長のことを話し合う、と建前上で言いつつ中身はただのお茶会、というものを第3資料室を貸し切って行っていたとき。
たわいもない話をしていた部屋は、今では陽摘の恋愛話で持ちきりだった。

「え、別れたよ?」

あっけらかんと陽摘が、アールグレイを優雅に飲みながら言う。

「えっ!隊長の彼氏、すっごい男前じゃなかったじゃないですか!」
「やっぱり浮気とかに耐えきれなかったんですか…っ!?」

陽摘の彼氏は、外部のこことは全く関係ない系列の大学4年生である。
親衛隊員が言うとおり、統臥とはまた違った大人の魅力のある、背の高くてきりっとした男前である。
性格は統臥よりも4割増しくらいの俺様で、たまに会う時には浮気の痕跡を隠しもせずにいるような、下半身の乱れた男だった。

「え、そんなん気にしないよ」
「じゃあなんでっ!?」

ごくり、と生唾を飲み込む男が響く。
興味深々といった親衛隊員たちの食い付き気味に若干引きながら、今度はクッキーを口に運びながら答えた。

「いや、今彼氏にかまってるよりも統臥の恋を応援したかったから」

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