吸血鬼って知ってるか?バンパイアだよ、知らないか?生き血を好む怪物だよ。その歯で肉を引き裂くよ。彼らはヒッソリ暮らしてる。イギリスの果ての洋館で。或いは君のおうちのお隣で。彼らは不死の肉体を持ってる。それは"肉体"とは言わないのかも知れないけれど。
彼らはとても孤独だった。人に秘密を知られてはいけないから、だから彼らは孤独に生きた。
吸血鬼とは実は儚い。灼熱の十字架やニンニクの飾り物に触れただけで、アッ…というまに煙に溶ける。その体に血が通う限り、自然な肉体の消滅などないのだ。だから"肉体とは言わないかも"と先述させていただいた。

しかしそこには、自由な吸血鬼がいた。一族は魔女狩りで死に、生き残った彼女は、異国の森の奥深くで静かに生活を営んでいた。たまに若い男を町から連れ帰り、洋館の地下でその血を啜った。友達と言えば猫と鼠が沢山いた。そのようにして暮らしてた…。



・・・




「ありゃ?この道、さっきも通ったよな」

その生活が狂ったのも、すべてこの男が元凶だった。男が母国の旅人でさえなければ、彼女も情けをかけることなど無かったかも知れないのに。

「迷い子さん、迷い子さん」

森を彷徨う若い男に彼女は手招きをした。
行くあても無かった男は素直にそれに従った。もちろん彼女はその男を食うつもりだった。町はハロウィンで騒がしく、喧騒と馴れ合いを好まぬ彼女は、血とは随分ご無沙汰していた。とても餓えていたはずなのだ。吸血鬼は血を飲まないと栄養失調になる。古い血ばかりが体を巡っていれば、そのうち消滅してしまう。

ディナーで男はよく喋った。パンとワインを飲み食いしながら、自分がデュエリストだということ、精霊の相棒のこと、旅人だということ、とにかく沢山のことを喋って聞かせてくれた。

「アンタはデュエルはしないのか?」

「カードゲームはするわよ。タロットとか」

「なんだそれ!暗いぜ!俺がデュエルモンスターズを教えてやるよ」

久々に聞いた母国語に、彼女はすっかり酔いしれた。今夜殺してしまうのは惜しいと感じた彼女は、少しの間だけ男を生かしておこうと考えた。

「お前はこんなジメジメした森で、一人で暮らしてるのか?」

「家族はいないわ。私独りよ」

「へえ。なんかそれって変な感じだな」

「…なにが?」

「だって、俺だったら考えられない。もし俺がお前だったら、寂しくて死んじゃう」

「ふうん…」

「あ。なあお前も、寂しかったりするのか?」

ベッドの上で、男の潤んだ瞳が思いもかけないことを述べた時、彼女がどれほど歓喜したか、誰もわからないだろう。そう、彼女はとても寂しかった。一人ぼっちで生きることに限界を感じていた。人を殺める事でしか生き延びれない種族である事を憎んだ時もあった。

酒臭い男はベッドの中で、俺がずっと一緒にいてやると言った。

彼女はそれを信じてしまった。



・・・




森の奥地の拓けた場所にある丘は、春になると野花が一面に咲いて美しかった。その近くの湖には白鳥が度々やって来ては景色を彩った。
十六年目の春だった。二人が出会ってから十六年もの月日が経過していたのだ。彼女も、一年目の春には男はここを出て行くだろうと悲観していたものの、それが二年、三年と続くうちに、気がつけばあの出会った日から十六年、二人は一緒に洋館で過ごした。夏になれば森は避暑に最適だったし、秋にはカボチャが沢山実った。冬になれば男が巻を割ってくれたので、棺桶の中で寒さを凌ぐ必要もなくなったのだ。
昼間は二人で外に出て戯れ、夜がくれば寝るまでカードゲームをした。このような毎日に彼女の望んでいたもののすべてと、新しい発見が、まるで宝石箱のように輝かしく詰まっていた。吸血鬼である彼女は幸せを感じてしまっていた。この毎日が永遠であれば、と何度も考えては、男の首筋に唾を飲んだ。
吸血鬼は人を仲間にする事ができる。男が不老不死である吸血鬼にさえなれば、ずっと一緒にいられるだろう。彼の首筋に自分のエナジーである血を吹き込めばいいだけだ。それは簡単なことだったが、彼女にとっては何よりも難しいことだった。人の美しさ、儚さを知った彼女は、男を仲間にすることに踏み出せなかったのだ。
それだけではない。彼女は自分があたかもただの人間であるように振る舞った。つまり、吸血鬼であることを隠していたのだ。彼がいるせいで血を吸えなくなった彼女は日に日に窶れていった。しかし十六年経っても彼女は変わらず美しかった。十六年なんてのは不老不死の吸血鬼にとって二、三年となんら変わりない。老うこともない。何より男が彼女の生きる糧だった。


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